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河越舘から川越城へ

 平成21年6月19日、嵐山史跡博物館の「埼玉史跡探訪ー河越城周辺を歩く」に参加した。東武東上線「霞ヶ関駅」に集合した人員は博物館職員4人を加え60人と歴史への人気が高いことを現していた。コースは上戸日枝神社ー河越舘跡ー常楽寺ー東明寺ー川越市役 前大田道灌銅像ー川越城堀跡 ー三芳野神社ー富士見櫓跡、全長約10キロの行程を歩いた。特に常楽寺から東明寺までの4キロは梅雨時の晴れ間の中、歩きがいのあったこコースでした。

  写真は河越舘跡の堀と霊廟跡地です。 現在Photo_15 発掘整理を行っており、10月14日に一般公開されるとのこと。隣接の常楽寺では大道寺家の墓地を見た。墓石の台座が安溶岩 で作られており、鎌倉時代の台座としては埼玉で一番古いとの説明があった。

  河越舘のそばには入間川があり、開拓武士としてはこうした大河近辺を開拓する力が必要であったことがうかがえた。

 

Photo_16 常楽寺から河越夜戦跡地東明寺(写真)に行く。住職の説明があり、慈覚大師の開基とされ大変古い寺院。境内には稲荷神社もあり神仏混合とのこと。松本清張の「黒い空」に東明寺が詳しく書かれてあるとのこと。今度読みます。

Photo_17   川越城の市役所近くの道路整備により空堀跡(写真)が発見され、現在発掘調査が行われている。市役所担当者の説明では松平信綱時代の拡張空堀とされ、幅50メートル、深さ7メートルとされ、間もなく公開される。

 最後の富士見櫓跡地(写真)は徳川幕府に遠慮し、天守閣のない川越城にとり、三層の富士見櫓があったとされている小高い台地を歩く。川越には高校野球で初雁球場に毎年きていたが、初雁球場の一塁側後方の木立の森が土塁の跡地であったことを始めて知りました。

 

Photo_20 Photo_19

 博物館の史跡探訪は職員の解説、現地での関係者の説明が含まれており、旅行業者が行う史跡探訪とは違い、非常に良い。参加費が100円の保険料のみを含めて。

河越は徳川時代以前。徳川時代になり川越と変わったと何かの本で読みました。

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