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甦る中世の城郭―逆井城(さかさいじょう)

Photo_27  小山義政の五男常宗が逆井の地を知行し、逆井氏を称した。天文5年(1536)に北条軍の大将、大道寺駿河守に攻められ、落城した。その時、智御前が先祖代々伝わる釣鐘をかぶって、城中の池に飛び込み自殺したと伝承されている。

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  逆井城は別名、飯沼城と云われた。飯沼は赤堀川(現・利根川)経由で関宿方面から江戸湾に直結していた。城の西側に入り江を作り湊を構築、左記のようにテラス(犬走)を設け、荷揚げを行った。小田原から船で直接くることの出来る城であった。Photo_36 利根川が銚子に繋がる江戸期以前のこの一帯は川の流れから水運を通して眺めていく必要があると教えてくれた人がいた。

  昭和57年(1982)から発掘調査が進め、当時の猿島町ではふるさと創生基金をきっかけに、中世の城郭として日光東照宮の宮大工を招き復元を行った。筋交橋、三層の櫓、板塀、ラーメン構造の井楼と時代考証の上の復元となり、時代劇のオープンセットと違い、まさに本物の中世の城郭だった。 また、城之内大台地(潮来市)で出土した主殿遺構の復元、天正16年(1588)2月の棟札のあった観音堂の移築展示、古河城書院の石郡などが展示されている。願わくば、地元の有志などで、戦国時代の武者姿で敷地内を警護していれば、その時代へタイムスリップすることができるのだが、坂東市で是非、検討していただきたいとお願いします。

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【復元された主殿と内部。玄関が二条城以前のものとして貴重】

 

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【古河城書院の礎石】 

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               【茨城県内で最も古い観音堂】

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【智御前が入水した伝えられ鐘堀池】    

 

      

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【虎口前の橋と二階門】 

 

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