« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »

2011年3月

「貞観地震」の再来-「想定外」ではない

20110327k0000m040117000p_size51   我が家の菜園の「ほうれん草」は悔しいが破棄処分とする。

福島原発事故、東電の武藤副社長は25日の記者会見で「連動地震による津波は想定していなかった」と釈明。

 2009年の経済産業省の審議会で産業技術総合研究所、地震研究センター長の岡村行信委員は「連動地震による対策」を求めていたことが明らかになったと毎日新聞が報じている。

 岡村委員は同審議会で869年に宮城県沖で発生したマグネツュード8以上と見られる「貞観(じょうがん)地震」で宮城県から福島県の広い範囲で津波浸水したという研究から、、「非常にでかい(地震)が来ている」。2004年スマトラ沖大地震のように幅広い震源域がほぼ同時期に破壊する「連動型地震」を想定した対策を求めたが、審議会の事務局は「最終報告で検討する」という形で収めたとしている。

 今回の東電対応に岡村委員は「原発であれば、どんなリスクも考慮すべきだ。あれだけ指摘したのに新たな調査結果はでてこなかった。『想定外』とするのは言い訳に過ぎない」と指摘している。

20110327k0000m040119000p_size81_2  貞観地震(じょうがんじしん)

                      ( ウィキペディアフリー百科辞典)

  平安初期の貞観11年5月26日(869年7月13日)に陸奥東方の海底を震源震源として発生した巨大地震。地震による津波の被害も甚大であったことが知られている。

  津波堆積物調査から岩手県沖ー福島県沖、または茨城県沖で震源域が及んだ連動型超巨大地震の可能性が指摘されている。地表の規模は少なくてもM8.3~8.6以上であったと推定されており、多賀城と推定される陸奥城下が壊滅的被害が受けたとされ、津波で平野が大海原になり、溺死したのは約1000人と「日本三代実録」に記録されている。

  また、富士山の大噴火が5年前の貞観6年に起き、仙台平野に海が遡上した痕跡があるとしている。

読み下し 日本三代実録〈上巻〉清和天皇 Book 読み下し 日本三代実録〈上巻〉清和天皇

販売元:戎光祥出版
Amazon.co.jpで詳細を確認する

読み下し 日本三代実録〈下巻〉陽成天皇・光孝天皇 Book 読み下し 日本三代実録〈下巻〉陽成天皇・光孝天皇

販売元:戎光祥出版
Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (0) | トラックバック (0)

幕末江戸に町兵-野口武彦著『江戸は燃えているか』

 幕末の人物の「機」という流動化した時代に焦点をあわせた書物。

先駆的な勤皇志士の清河八郎と暗殺者の佐々木只三郎(会津の出であること)。不実な友人の誘いがなかったら幕末歌壇の歌詠みとして生を全うしたろうー天誅組、伴林光平(ともばやしみつひら)京都御所を舞台としての孝明天皇、岩倉具視、山内容堂。幕末の志士、赤報隊の相楽総三(さがらそうぞう)。幕末江戸幕府の財政を司った小栗上野介。江戸無血開城の対応として江戸焦土作戦構想した勝海舟。

 いずれの人物像も時代背景と人間関係やその人の立つ基盤を踏まえて着想しているのが面白い。

 中でも、『江戸無血開城秘話』では慶応三年(1866)11月に町人有志から江戸の治安維持のため町奉行所に「市中御備へ町兵願」という町兵設置の提案があり、翌年慶応四年1月13日に幕府は町兵設置を正式に決め、町人に銃砲装備の方針を出した。しかもゲベール銃で1月17日から2月2日まで幸橋門内で延べ688人が射撃訓練をした。しかし、江戸城における和戦論議の中、2月中に「町兵」という名称が消え「町火消人足」とされた。

 何故か。町奉行支配組頭の関口隆吉の内部事情によれば、町兵設置は江戸の治安警備を口実として主戦論を唱えて会津藩のイニシャティブによる首都防衛隊の編成だったということを紹介している。

 この「町火消人足」の訓練は続けられ、勝海舟の「江戸焦土作戦構想」との接点を記述している。

 幕末江戸における「町兵」が設置されていたこと、初めて知った。

江戸は燃えているか Book 江戸は燃えているか

著者:野口 武彦
販売元:文藝春秋
Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (0) | トラックバック (0)

3月11日<午後2時46分>

Photo  絹さやの苗を植え、支柱を立て、紐で結んでいる時、急に身体がぐらぐらしてきた。

平成23年3月11日の午後2時46分のこと。

妻が縁側から外に出てきた。身体がまだグラグラとゆっくり揺れている。雨水をとるタライの中の水が、波のようにジャブーン、ジャブーンと水しぶきをあげて横に揺れ始めた。

畑を隔てた南西にある農家の納屋の屋根が、ドスンと下に堕ちた。

 長い揺れが収まり、急いでテレビのスイッチを入れたが、かからない。停電だ。

 携帯ラジオをとりだしたが、かからない。電池切れ。買い置きがないため、デジカメで使用済みの電池でセットした。ラジオは掛かった。

 近くの住宅現場で井戸水を掘っている作業員に停電だと言ったら『自家発電で関係ありません』と言って、掘削作業を『ドスン、ドスン』と夕方5時まで続けていた。

 コンビ二に行き、単二・単三の電池、100円ライター、天然水5本、パンとコロッケを急いで購入した。コンビ二は自家発電で営業していた。5・6人の小母さんたちが『すごい揺れだったわね』と言いながらレジに並び、パンや飲料水を購入。コンビは自家発電で営業していた。

 妻が電池不要の災害用の懐中電灯を取りだし、片手ハンドルで充電を始めた。

地下水が停電でストップしても雨水貯めの水でトイレの水は対応できる。

 夜は懐中電灯2個と石油ストーブで過ごし、夜中2時に眼が覚めたら電気が点いていた。懐中電灯の明かりの焦点はコタツの上。やはりちゃぶ台の上が中心となる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

春にむけて・ジャガイモ作り

Photo  3月に入り、いよいよ野菜作りの始まり。

じゃがいもの畝作りを3日におこなった。

植え付けは3月15日の予定。雨が多く降らな

いことを祈ります。

Photo_2

 前の住居から鉢植えとしていた『杏』。

鉢から出して、大地に植えつけました。

大きく育て。4月の花開きと実がなるよう

育てます。

 

Photo_4 移植したにんにく。

順調に育っています。

粟野の姉がにんにくが欲しいと言ってき

た。

前回のにんにく、「助かった」と言う?

Photo_5 

 以前購入していたビニールカバー。

めて使う。風よけと温度。やはり成長が早い。

時期を見てビニールカバー、さらに購入します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »