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50年ぶりの栃木県営球場

Photo 50年ぶりに栃木県営球場に平成23年度春季高校野球を観に往ってきました。東武宇都宮線「西川田駅」に下車した時、様変わりにタダタダおどろきました。半世紀も経っているのだ.....。

 当時は雑木林と運動公園につづく道は砂利道で運動公園の手前はスイカ畑でした。

 球場も2階席を設けており、大谷石を積んだスタンドは無くなっていました。

Photo_2  準々決勝、小山と宇都宮南(1-3)。作新学院と国学院栃木(1-3)と共に僅少差の試合だったが盛り上がりに欠けた試合だった。

 どうしても昨年まで観ていた埼玉の高校野球チームと比較してしまう。

 浦和学院の負けないチーム作り(そのため全国大会では弱い)や花咲徳栄の泥臭いチーム作り。そしてキャッチャアを中心としていた。

Photo_3

 作新は背の高い選手が多く、ひょろりとしており、貪欲に欠けている。勝とうとする意識が感じられなくエリートチームの雰囲気があった。

 国学院栃木はよく走る。監督のノーサインかもしれないが、監督の采配で点数はさらに入れられる。打力が課題。

Photo_4  西川田駅から運動公園への向う道の両側は分譲住宅が立ち並んでおり、あの頃のスイカ畑は陸上競技場のサブグランドになっていた。母に作ってもらったおにぎりを持参し、夏の県予選を見に行った。

夏の日ざしの中、球場前の木陰でたった今、準々決勝で負けた栃木高校の選手達が車座になり、うな垂れていた姿が眼に残っています。

 宇都宮工業、夏、甲子園の準優勝投手の大井選手は今では新潟での名監督となっています。春夏連続優勝した作新学院の八木沢、加藤投手。思い出しました。

《追記》平成24年の夏の栃木県大会、県営球場で佐山和夫氏にお会いしました。佐山氏は作新学院が春夏全国制覇した時のセカンドを守っていた選手。現在は作新学院大学野球部監督をしているということです。スタンドで偶然近くにおり、野球の話から紹介をいただきました。「この時期の高校野球では2年生を見に来ているのです。負ければ監督の責任なんですよ」と穏やかに話してくれました。

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