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上田城石垣は『たそがれ清兵衛』のロケ地にある

Photo  上田城本丸の西虎口、西櫓の向かい側には石垣がない。この石垣は上田市新町、矢出沢川に架かる高橋の上流の左側にあることが最近、判明した。

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   上田城は明治7年(1874)に上田に置かれていた東京鎮台第二文営が廃止に伴ない民間に払い下げられた。上田城本丸全域を上田市常磐城の丸山平八郎氏が払い下げを受けた。その後、明治12年に本丸内に松平神社創建の話と城址を公園として保存しようという事がおこり、本丸の大部分の土地を所有していた丸山平八郎氏は寄付したことにより上田城公園化の第一歩が踏み出された。

Photo_5 日本城郭史学会の評議員、奥田好範氏が丸山邸の石垣について上田市教育委員会に問い合わせたところ、教育委員会では丸山邸で使用されている石垣の石が上田城で使用されている石垣と同じ石材で太郎山から産出された緑色凝灰岩であることを現地にて確認を行なった。そして、教育委員会の見解では、城域払い下げの時、本丸の松や杉を払い下げた記録が残っており、西虎口の石垣も払い下げられた可能性は充分考えられること。 丸山邸の石垣の上にある『丸山稲荷』は上田城本丸から移設されてることから、上田城の石垣の石を移築したということには、断定できないが、100%に近い確立であることの回答があった。

Photo_7 この矢出沢川に架かる高橋からの上流左岸の河原は映画『たそがれ清兵衛』のロケ地としても地元では有名な所だ。

 この河原にて、たそがれ清兵衛こと井口清兵衛(真田広之)は短木棒にて果し合いを行なう。兄のはからいで酒乱の前夫の甲田太郎(大杉蓮)と離縁した朋江(宮沢りえ)のために甲田太郎を一撃にて倒すシーンは妻を亡くし、老母と小さい娘2人の生活をみる、たそがれ時刻にそくそくと帰宅する武士から豹変する姿を見事に表しているシーンでもある。

Photo_3 上田市は映画のロケ地としても名高い。『犬神家の一族』『私は貝になりたい』などがあるが、私は昭和41年(1966)の『けんかえれじい』(日活作品、鈴木清順監督)のロケ地として上田市を始めて知ったことがなつかしい。後年、『ゲバ棒』をオーバーラップする全共闘運動を予感させた映画として評価を受けた。

 喜六こと高橋英樹が通う岡山の中学校の撮影の学校。三の丸にある作事跡地の『清明小学校』の塀の見ながら、もしかしたらと思った(確認はしていない)

Photo_4  また、喜六が会津若松の中学校に転校し、その冒頭の会津の中学校の校門のシーンがある。この門は藩主屋敷門跡(現、上田高校正門)ではないだろうかと思ったりした。映画の中で自殺した日活俳優の緑川宏が演じる『北一輝』の薄暗いカフェイでの激しい争いを行なうバンカラ中学生に向ける『優しい薄笑い』の表情。着物姿カフエの女・松尾嘉代のあやしげな立ち振る舞いと長い」黒髪、浅野順子の清純な姿などが印象として残っている映画だった。映画のラスト、『今度は国とけんかするや』と決意し、上京する列車で終わっている。

 帰宅してから映画『ラストゲーム、最後の早慶戦』の早慶戦試合のシーンが上田城址野球場にて撮影されていたことが分かった。野球場三塁側のトイレに入り、何と古い野球場だと思い素通りしてきた事が悔やまれる。

 

               《夢野銀次》

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