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今に伝える大道芸・口上芸―『大道研まつり』

045_2  華やかな『南京玉すだれ』で幕が開いた。『第七回大道研まつり』は両国、江戸東京博物館1階ホールにて平成23年11月20日に開かれた。主催の大道芸研究会は昭和60年(1985)に日本古来から伝わる大道芸・口上芸を研究しその伝承、保存を目的として発足した。また、この会では昔風の和芸だけではなく、若者むけの手品、腹話術なども取り入れて活動を行っているという。確かに8割入りの観客席を見渡せば、若者の姿も目についた。

047_5 大道芸でまず思い浮かべるのは『ガマの油売り』だ。取り出したる刀の刃にて紙を切り裂き紙ふぶきを舞い散らせて切れ味を見せる。ガマの油を刃に塗れば、左腕は斬られていない。しからば、刃に塗ったガマの油をふき取り、刃を左腕にあて斬る。赤い血が浮かびあがる。赤い血を出した左腕にガマの油を塗れば、たちまち赤い血は消えてなくなる。

 近年、各イベントで演じられているというが、初めて『ガマの油』を観ることができた。刀を使う演目なのか、妙な緊張感が生まれる演目だった。

041_5 中休みにロビーにて『のぞきからくり』を観た。のぞいた先は『八百屋お七』のお話。色彩が派手で画像で明るい。縁日で多くの客が銭を払い、のぞいたという。

 紙芝居はその流れなのか。この『のぞきからくり』の装置、日本では4~5台位しか残されていないという。貴重なものを観たという感じだ。

 

061_2  30年数前に浅草『花やしき』の前にある見世物小屋で『犬の曲芸』を見た。小屋の中は全て立ち見席。ゆっくり鑑賞させないで客の回転を速める手立てが印象に残っている。小学校時代に町にサーカスがやってきた。サーカス小屋の隣に『小人』の見世物があり、その小屋も客が舞台の周りを歩いて見ていく仕立てだった。

  火を口に入れる見世物は見た記憶があるが、『蛇食い娘』は初めて観た。場内を暗くし、薄気味悪さの雰囲気をだしたが、演じる娘が妙にけらけらして明るく、楽しい『蛇食い娘』だった。

064_2   軽妙な語りでの辻講釈『六魔』は干支生まれの運勢や手相等、身近な話題で道行く人を引き付ける話芸だ。また、講釈の内容がためにもなる。

 運勢は勢いと書く。開運をつかむには三つの要素がある。一つが明日に向かって努力を積むこと。二つ目は日々善行を行うこと。三つ目は我慢、辛抱だと諭す話芸は大向うの講談とは違い、ゆっくり聞く人の胸に入ってくる。

 この口調で熱を帯びれば武田鉄也の教師として諭す姿になってくる。

067_2   書生姿のバイオリン演歌は郷愁を誘う。今の若者が駅前でギターを弾きながら歌う姿とは違う。生活をかけての演歌だったからかもしれない。

 かつて山本學、渡辺美佐子らがいた劇団新人会の公演で『オッペケペー』の舞台を思いだした。オッペケペー節の節回しが印象に残っている。川上音二郎が自由民権運動を広げていくために唄ったオッペケペー節。演説歌が略され演歌となり、政治の固い時代から艶物の艶歌となり、今に至っている。寄席では観られない『バイオリン演歌』だ。

070_6 フーテンの寅のメロディーに乗り、『バナナの叩き売り』が始まった。客席との掛け合いと巧妙な口回しが場内に明るい笑いの渦を巻き起こした。

 『ものの始まりが一ならば、国の始まりは大和の国、島の始まりは淡路島。泥棒の始まりが石川五右衛門なら、助平の始まりが小平の義雄』『結構毛だらけ、猫灰だらけ。尻(ケツ)の周りはクソだらけ』『大したもんだカエルのしょんべん、見上げたもんだ屋根屋のふんどし』。意味などわからない。けれども軽妙な語り口が身体を楽にさせていく。そして節回しとあわせて身体が自然に動いていく感じがした。

 渥美清の『フーテンの寅』における口上は好きな場面の一つだった。とりわけ映画のラスト、初詣で賑わう神社の沿道における口上場面は、正月だなという感じで観ていた。渥美清は子供の頃、上野アメ横での露天商の口上を聞きながら育ち、それを見事に口上芸として生かした役者だった。

  大道芸は近年、市町村での『街おこし』の一環として大道芸フェエスティバルと称するなど活用されてきている。しかし、その大部分はパントマイムなど西洋を下敷きとした視覚にうったえる大道芸が演じられている。東京都では2002年よりヘブンアーティストとして公認制度を作り(審査委員長は小沢昭一)大道芸の育成と保存に動き出してきている。しかし、落語や講談・浪曲のように聞く芸と違い、物売りとして大道芸・口上芸・放浪芸は一段低いものとして見られてきた歴史がある。宴席や座敷(寄席)ではなく、街頭や玄関軒先で演じられてきた芸について今後さらに研究が進むことを期待したい。今回の『大道研まつり』でビデオや本ではなく、実物として観ることができたことは大変貴重な体験だった。

                           《夢野銀次》

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コメント

「大道研まつり」にご来場いただき、ありがとうございました。「ガマの油」を演じた筑波大清です。大変好意的に観ていただき感謝申し上げます。日本の歴史にご造詣が深い方と拝察いたしました。文字として記録に残りにくい庶民の歴史をこそ大切にしたい、後世への橋渡しをしたい、と実践的に活動をしている者です。今後もご専門の観点からご助力をお願いできればありがたいと思っております。ありがとうございました。

投稿: 筑波大清 | 2011年11月28日 (月) 00時09分

筑波大清さんコメントありがとございました。昔から落語や浪曲、旅芸人役者の世界にある種のあこがれを持っていましたが、専門的な云々はありません。これからは意識的に小沢昭一などの言動を注意して見ていくつもりです。

投稿: 銀次 | 2011年11月29日 (火) 05時30分

 今、大道芸の口上に興味をもち、外郎売を覚えているところです、まだ一本調子で抑揚がつけられませんが、頑
張っています、一つ一つ覚えていって。いつか発表できる機会に恵まれればいいなと、思っています。 
定年過ぎてからなので、物覚えも悪く悪戦苦闘しておりますが実演を見に行ける機会をつくり、出来るだけ行きたいと思います、応援しています頑張って発展させていってくだい。

投稿: 滝沢 仁 | 2012年5月17日 (木) 05時33分

滝沢さんコメントありがとうございました。私の知人で定年後、大道芸をしている人がいます。老人ホームなどボランテイアでガマの油売りなど演じて、方々から出演依頼があり、生き生きと活動したいます。観たいと思っている人はたくさんいます。頑張ってください。

投稿: 銀次 | 2012年5月18日 (金) 05時01分

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