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パニック障害からの再生―映画『阿弥陀堂だより』

515wc2qgsel_sl500_aa300_1  パニック障害を病んだ医師の妻を連れて帰郷した夫と、阿弥陀堂を守る老女や村人との交流、四季に包まれた自然の生活から妻が再生していく姿を描いた映画『阿弥陀堂だより』のDVDを図書館から借りて観た。 

  平成14年(2002年)10月に公開された映画だが、見落としていた映画だった。監督・脚本は黒沢明の晩年に助監督を務めた小泉隆史(たかし)、黒沢明の遺稿シナリオ『雨あがる』の監督をしている。原作は芥川賞作家で諏訪市で医師をしている南木佳士。 

  キャストは妻をつれて実家、信州飯山谷中村に帰郷する上田孝雄に寺尾聰、その妻でパニック病を病んだ医師の美智子02kaisetu_021_2に樋口可南子。孝雄の中学時代の恩師、幸田重長に田村高廣、その妻ヨネに香川京子。阿弥陀堂を守る老女、おうめに北林谷栄。喉の手術で声がでないが、おうめの語る言葉を『阿弥陀堂だより』として村の広報誌のコラムに書く娘、小百合に小西真奈美、可南子と共に小百合を治療する若い医師に吉岡秀隆が演じている。

   この作品は2003年の日本アカデミ-賞で作品・監督・脚本賞を受賞しているが、北林谷栄が最優秀助演賞を受賞し11_3ている。この時、北林谷栄は91歳の年齢で脚が悪く、歩くこともおぼつかない状態だったという。出演を快諾したのは、主演が劇団民芸創設時からの盟友、故宇野重吉の子、寺尾聰だったからだ。映画の中で、おうめの語る「年を取れば取るほど分らないことは増えてきましたが、その中でも― 、自分の長生きの原因が一番分らないことなんです」は北林谷栄だから語ることのできるセリフだと思った。雪が降る阿弥陀堂のそばで野沢菜を樽につけるシーンは、まさに迫真の演技で感嘆した。

 パニック障害とは強い不安を主な症状とする精神疾患のひとつとされている。映画に出てくるパニック発作の場面は、美しい夕焼けのなかを孝雄と美智子が二人で歩いている時に、突然のカラスの鳴き声におびえた美智子が、それをきっかけにして呼吸困難の発作を起こす場面。最初、心臓が悪いのかと思ったが、それがパニック発作だと後で分る。この映画を観たパニック障害の治療を行っている医師の貝谷久宣氏は『息をあらげる妻に優しく寄り添って身体を摩る孝夫の態度は、ごく自然な振る舞いでパニック障害の妻にとっては最高の伴侶であり治療者でもある』とし、さらにパニック障害者の病的心性の対極状態を田村高廣の演じる幸田重長の姿だと指摘している。

041_3 中学時代の恩師である幸田は自分が胃がんの末期状態であることを知りつつ、医療を拒否し、書に精魂を傾け、潔く死を受け入れるべく端正な日々を送っている。不治の病を慌てず騒がず天命として受け入れ、一日一日を自分流に精一杯生きる姿、それを凛として見守る妻(香川京子)をしっとりと見据えて描いている。

 「何ごとも大切なのは姿なのだ」と言い切るセリフはそのまま坂東妻三郎襲名を拒んで生涯を終えた俳優としての田村高廣に繋がる。「二十四の瞳」の皆が写っている写真を目が見えるように指で挿しながら級友の名前を挙げるシーン、勝新太郎と演じた「兵隊やくざ」でのインテリ有馬上等兵の演技など浮かんでくる。

05cast_041  映画の最初には宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」と夕暮に唄う子供たちの「夕焼け小焼け」のシーンが描かれている。死と向かい合う暗示でもある。そして都会の病院でパニック障害にかかる時の状況を若い医師に語る美智子。「私は300人以上の人たちの最期を看取ったの、(略)私はベッドのわきに座って、だんだん遠く浅くなっていくその人の呼吸を見ていたの。そして最後のひと呼吸が終わった時―。ビルの間から抜けてきた夕陽が部屋の中に差し込んで、私の体の中から何か大切なものが、その光の束に乗って出て行ってしまったの。その時、私の体から出て行ったのは―“気”なのよね、元気の気」、そして流産し、体調を崩す。「生きるエネルギーを死にすっかり吸いと取られちゃって、私は死のことしか考えなくなって、明日を楽観できなくなっていた」と語る。

  夫の実家の谷中村で週3日、診療所で診察する美智子。イワナを渓流で釣ったことから回復の兆しが生まれ、小百合(小西真奈美)の緊急治療から医者として自信を得ていく。幸田の最期を妻ヨネと共に看取る孝雄と美智子。幸田の体に夕陽が差し込み、床の間の一輪が映し出される。美智子の再生を意味する感動のシーンとなっている。村での診療所建築に加わることを決心する美智子。42歳での妊娠を喜び、村の中で積極的に生きていく、そして阿弥陀堂の前で写真を撮りあいながら笑う姿で映画は終わる。

 「“朝(あした)には紅顔(こうがん)夕べには白骨って、今をよく生きることが、よく死ぬってことかな。いやだわ、これは主人の受け売り」とパニック障害に罹った時の告白で語る美智子。

Amidaamidado11  「夕焼け小焼けで日が暮れて」の詞には西方浄土の思想があると言われている。「山のお寺の鐘が鳴る」は村を見下ろす山の高台にお寺はある。「お手々つないでみな帰えろう」は人間本来の帰るべきところに帰れというメッセージ。「カラスと一緒に帰りましょう」は帰るべきところに帰るのは人間だけではない、カラスも小鳥たちも一緒。「共生」の思想を唄っていると山折哲雄氏は「宗教の力」の中で指摘をしている。

Amidaamidado21   映画「阿弥陀堂だより」にでてくる新緑の美しい林、幻想的な夏の灯籠流し、ススキがなびく棚田の風景、千曲川の背にそびえる雪の山々などは穏やかで、優しい信州の四季を美しく描いている。観終わって、一番のセリフは「今をよく生きることがよく死ぬってことか」が自分に強いインパクトを与えてくれた映画だった。

 寺尾聰が語る「阿弥陀堂だより」の語り口が優しく響いてくるのは、上田孝雄を演じる俳優として円熟味を増してきた現れなのかな。宇野重吉をもう少し体を大きくしたような感じがした。そして、その語りは、宇野重吉に似て、ほのぼのとした情感を与えてくれている。

~雪が降ると山と里の境がなくなりどこも白一色になります

山の奥にあるご先祖さまたちの住むあの世と里のこの世の境がなくなって

どちらがどちらだか分らなくなるのが冬です

春 夏 秋 冬

はっきりしていた山と里の境が―

少しずつ消えてゆき 一年がめぐります

人の一生と同じなのだと この歳にして―

しみじみと感じます~

         『阿弥陀堂だより』より

 

                《夢野銀次》

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コメント

銀次さんこんにちは^^

魂にひびきそなステキな作品ですね。
あたしも探して観てみたいと思いますshine

「夕焼け小焼けで日が暮れて...」には
そういうふかい意味がこめられていたのですねconfident

今を精一杯いきること、
ご先祖さまたちの願いでもある、
そんなことをふと思いました^^

いい作品を紹介してくださって
ありがとう銀次さん\(^o^)/

投稿: みゅー | 2011年12月14日 (水) 16時13分

みゅーさんコメントありがとう。
我が家の猫どもは寒がり屋でコタツからでてきません。
『阿弥陀堂だより』はしみじみ観たい映画だと思います。
喧嘩や言い争いのない映画。寺尾聰の妻を優しく包み込む
姿が全編を覆うっているかもしれませんネ

投稿: 銀次 | 2011年12月14日 (水) 16時42分

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