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横山秀夫著『半落ち』―《50歳》人生の関所越え

41paw5ycbcl2 2003年の直木賞選考で致命的欠陥があるとて指摘され落選した横山秀夫著の『半落ち』を読んだ。しかし、その年の週刊文春推理小説ベストワンとなり、多くの読者を魅了した小説だ。因みに2011年の週刊文春推理小説ベストテンの10位が私の好きな今野敏の『隠蔽捜査4 転迷』だった。

 直木賞落選での指摘された致命的欠陥とは受刑者である骨髄移植ドナーは刑務所にいる間は登録も移植もできないという理由だった。しかし、主人公梶聡一郎は刑務所に入る前にドナーの登録をしており、すでに一回骨髄移植の提供をしている設定だった。登録者であるならば現実には可能だということが後年に分かってきた。指摘した林真理子がどういう調査や検証をして発言したのか物議をかもした小説でもある。ドナー登録者であることが、この小説の最も大きなキーワードだったからだ。

 6年前に14歳の一人息子を急性白血病で亡くし、その後にアルツハイマーに侵された妻に頼まれ、妻を扼殺した警察官、梶聡一郎は自首する。しかし、妻を扼殺した後の2日間の行動については黙秘をする。自殺しようとした痕跡があり、『人間50年』という遺書もあるが、空白の2日間については黙秘続ける。本人が新宿歌舞伎町に行ったことが分かり、県警トップの本部長は『セックス産業』との関係を想像し、死のうとして彷徨したことにしろと隠ぺいを取調官の強行犯指導官の志村和正に命ずる。2日間の空白をめぐり、警察内部、検察と警官の間の調書軋轢と取引、調書ねつぞうのスクープを追う記者、東京の実家で妻が認知症の父を介護、真実の究明を阻まれる裁判官、梶聡一郎の自殺防止を監視する定年間近かの刑務官とそれぞれの立場で上司などとの軋轢や上に行こうとする人間の内面を描きながら、最後にその理由が分かるというストリーだ。

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 梶が自首した時の年齢は50歳になったばかり。自殺しなかった理由として、後1年生きる。そして51歳になった時に自殺すると、取り調べを行った志村刑事は判断した。ドナー登録は20歳から50歳まで。51歳になった時に登録ができなくなるという仕組みになっている。6年前に骨髄移植がされていれば息子の生命が助かったとされる。そのため
梶は骨髄移植のドナー登録を行い、1回骨髄移植を行っていた。最後にドナーを受けた若者が志村刑事と共に刑務所にいる梶の前に現れる。空白の2日間、新宿のラーメン店で働くこの若者に会いに行ったのだ。会話はせず、働く若者の姿を見ただけだった。ドナー登録が切れる51歳になるまで、あと1年間生きる決断をしたことが分かる。

 私が以前勤めていた団体で会員の中で急性白血病で骨髄移植を求める事態になった。ドナーとの適合者は絶対的に少ないのが現状だ。幸いにドナーの提供を受けることができたが、残念ながら3年後に亡くなってしまっている。しかし、このことがきっかけでドナー登録を団体として会員に呼ぶかけるとりくみが始まり、今も続いる。

 この小説の中で裁判が始まる前の控室で裁判官が同僚の裁判官に話すセリフが胸に残った。裁判官は言う、『50歳は人生の関所。この年代の人間は自分のことは自分で決するというプライドが物凄く強いんですね。自殺も大層多いそうです。バブルが崩壊して仕事も人間関係も大変なうえに、突然リストラとか言われて、それでも家族や友人にも相談できず、一人悶々と悩み続けた挙句、事件や自殺に走ってしまう。今日の事件はアルツハイマーの介護問題が焦点でしょうが、しかしまあ、誰かに相談でも防げた事件だったかもしれないですね。そう思うと、まったく不憫です』。ドナーを受けた若者と会うことにより梶は50歳の人生の関所を越えることでこの小説は終わる。

 かつて職場の上司に言われた『50歳病-このまま自分はここで終わるのかと自問自答を行ない、転職等を考える最後の時期なんだよな』と。

 私が50歳を迎える49歳の時、職場の人間関係が悪化し、退職しようと動きだした。その時、妻が『お願い、我慢して』と頭を下げた。辞めなかった。50歳になった時、私のことを気が付いた上司が配置転勤を行い、幸いに仕事を続けることができた。48歳の時の年賀はがきには菜園をしていた関係で『大地に帰る準備をしています』と書いた。高校時代の先生から返事が来た。『大地に帰る準備ではないでしょう。大地と共に生きるんでしょう!』と叱責と励ましの年賀はがきだった。その時期、どこかで死も考えていたのを見抜かれた気がした。教師の言葉は凄いと、その時実感した。ありがたかった。私に生きる勇気を与えてくれた年賀はがきだったと、今でも大事に保管している。そして50歳の人生の関所を越えることができた。

Image4_2 映画『半落ち』は生命の絆をモチーフに描いている。ラスト、裁判所からの護送車の窓越しを通してドナーを受けた若者から『生きてください』とういう無言の会話は感動のシーンとして残った。じっくり観る映画の一つだと思う。ただ、この映画では、あと1年生きるという意味が、何故なのかがあいまいとなっている。血が繋がっていく生命の尊さを重視して描いている作品なのだ。

 骨髄移植適合者は何万人に一人と言われている。ドナー登録とりくみは理解と協力を広めていく必要がある。

                     《夢野銀次》

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コメント

こんばんは!
半落ち、私もかなり心に残る本でした。
映画もよかったです~。shine
寺尾聡が好きなのもあるけど。coldsweats01
(「博士の愛した数式」もよかった!)
またお邪魔しますね。paper

投稿: つぶあん | 2012年1月 6日 (金) 22時06分

つぶあんさんコメントありがとう。
ドナー提供者と移植を受けた人とは絶対に関係を持てない仕組みですが、小説ではどうして分かったのか疑問がありました。映画では新聞コラムで梶夫婦が分かる設定になってました。これで良いのかなと肯きました。

投稿: 銀次 | 2012年1月 8日 (日) 05時24分

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