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村を砦にして防ぎ戦う『七人の侍』

A61abf2a1  策をもって人質の子供を救った島田勘兵衛(志村喬)が街道を進む。後を追う勝四朗(木村功)と菊千代(三船敏郎)。さらに和戦両論を言い合いをしながら村を助けてくれる侍を探していた百姓四人(藤原釜足・土屋嘉雄・小杉達男・左卜全)達がこの人だと確信して追いかける。勘兵衛の後ろ姿から静かに早坂文雄作曲「侍のテーマ」が♪チャーチャーチャアーンと流れ出す。七人の侍が登場し、戦いの始まりを予感させる見事な導入シーンだ。脚本は橋本忍・小国英雄・黒澤明。

257de5061 黒澤明監督「七人の侍」(昭和29年作品)を初めて観たのは小学校の5年生頃、リバイバル上映だったと思う。当時、東映の美しいチャンバラ映画を観ていた自分にとり、土砂降りと馬上での戦闘シーンにただ圧倒され「何だこの映画は?」と驚嘆した映画だった。その後、十年前にビデオで観た。その時は津島恵子の黒髪を洗う後ろ姿、そのお尻に魅了された女性の美しさはそのお尻にあると昔、先輩がよく語っていた。 今回は図書館でDVDを借りて観た。凄い作品だと再度驚嘆し、戦国時代映画の最高傑作だと改めて見直した。とりわけ村を砦としての防御の戦いは並みの城攻めと防戦を描いた映画と違うことが分かった。

35b545fd1 勘兵衛が思索する。「守るのは攻撃より難しい。後ろは馬も通える山。前は畑。田に水を引くまではどこからでも馬で攻められる。四方に備えるだけでも四名。後詰に二名。どう少なく見積もっても、わしを入れて七名…」

 野武士との一戦を決意した勘兵衛一行七人は村に到着する。

 勘兵衛は参謀格の片山五郎兵衛(稲葉義男)に村を見ながら守りについて語っていきながら村の防御態勢を明らかにしていく。これが丁寧に描いているのがうれしい。

村の絵図面を指しながら「おぬしならこの村をどう攻める」と勘兵衛が五郎兵衛に問う。「まず、この山から逆落としじゃ(馬で駆け下り攻めること)」「やはりこの道」と図面で山から西にむかって降りる道を指さす。

39ccd86f1_3 村の西の出入り口。五郎兵衛「ところでどう防ぐ」、勘兵衛「七郎次(加東大介)が心得ておる。この丸木で馬止めの柵を作る気じゃ」。勘兵衛の部下であり古女房の七郎次が村人と馬防柵用の木材を運んできて村人達に言う。「戦ほど走るものはないぞ。攻める時も退く時も走る。戦に出て走れなくなった時は死ぬ時だ」と最後の戦闘で、馬と走りながら戦うことの伏線をここでだしている。

 絵図面は村の西から南に移動し、南側には「麦を刈ったら水を入れる」と深い水田(水堀)とする。

795767361 東側の村の出入り口。橋が架かっている。この東側は菊千代が守る。絵図面を見ながら勘兵衛「この橋を落とせば、まず東から来る敵は防げる」。五郎兵衛「しかし、この橋向うの家はどうする」。勘兵衛「離れ家は引き払うほかない」と語る。戦闘が始まる直前、離れ家の百姓達が村から離散しようとした時、勘兵衛は刀を抜き「三軒のため二十軒を危うくはできん。また、この部落を踏みにじられて離れ家も生きる道はない。いいか、戦とはそういうもんだ。人を守ってこそ自分も守れる。己のことばかり考える奴は己をも滅ぼす奴だ!」と戦への厳しさを迫真迫る勢いで全体に言い聞かせるシーンは見事だ。  

B49ecd771 村の絵図面での北側の出入り口。勘兵衛「静かな森じゃが、ここが一番危ないのう。問題はここだな」。北側の出入り口に野武士が攻めてきた時、勘兵衛は五郎兵衛に「北へ行ってくれ、北の裏山が攻め合いなる」。五郎兵衛「しかし、おぬしそれを分かっていて何故柵を作らんのだ」。勘兵衛「よい城にはきっと隙(すき)がひとつある。その隙に敵を集めて勝負する。守るだけでは城はもたん」と語る。策士としての勘兵衛が描かれている。この北側を守るは防具をまとわず、凄腕の剣士、久蔵(宮口精二)だ。戦闘では野武士を一騎づつを村に入れ、後続を槍襖で村への侵入を防ぐ。 村に入った野武士は叩かれていく。 
Cb3de12f1 「戦には何か高く翻げるものがないと寂しい」と、百姓を表す「た」の字と侍を表す「〇」を六つ、菊千代を表す「△」を一つにした旗を林田平八(千秋実)が作る。平八の天性の明るさが集団にゆとりをもたらし「苦しい時には重宝だ」と評されていたが、野武士への夜襲にて討死する。

 野武士集団によって最初に東側の離れ家が放火される。燃え上がる水車小屋から赤子を抱いた母親から菊千代は赤子を受け取る。母親は槍で刺されていた。菊千代は赤子を抱きしめながら「こいつは俺だ。俺もこの通りだったんだ」と号泣する。明るく山犬のような駆け回る菊千代が元は百姓の出で、戦で親を失って育っていたことが分かる。赤く燃えがる水車小屋が強烈なシーンとなっている。なお、この水車は下掛け水車となっている。小川の中ほどに石を組み堰を作って水車が回る仕掛けになっている。今はなかなか見ることのできない下掛け水車だ。

600x45020120512000031_4 落武者狩りでの武具を見た侍達は百姓達に恨み言を言う。これに対して菊千代は叫ぶ「一体百姓をなんだと思ってんだ、仏様でも思っていたか。百姓ってのはな、けちぼで、ずるくて、泣き虫で、意地悪で間抜けで人殺しだ!こんなケダモノ作りやがったの一対誰だ?おめい達だよ 侍だってんだよ 馬鹿野郎 ちくしょう。戦のためには村を焼く 田畑をふん潰す 食い物は取り上げる 人夫にこき使う 女あさる 手向いや殺す 一体百姓はどうすりゃいいんだ!ちくしょう」と百姓と侍の間に立つ菊千代を描いている。軍人・政治家に踏みにじらてきた終戦直後の日本人の姿がオーバーラップしてくるようだ。

A80bcb971 かつて勤めていた時の職場の上司が口癖のように言っていた。「職人はな、嘘つきで助べえで、唯一の特技が人の足を引っ張ることなんだ」と。貧しいが故に生まれてくる生きる知恵なのかと思えたが、実際には庶民大衆にとり、その気持ちがなければ生きていけない世界があると思える。

 四十騎いた野武士が十三騎となる。戦いの4日目、雨中での決戦が行われる。この泥水の中での馬との戦闘は臨場感あふれるシーンであり圧巻だ。今なお世界に誇る日本映画の金字塔だと評価されていることが分かる映画だ。

B15c4f691_4 雨中での戦闘が終了した時、勘兵衛は七郎次に「また生き残ったな」と語り、七郎次は肩でハアハアしながら頷き、勘兵衛を見つめる。総てを出し尽くした姿を浮かび上がってくる。

 それにしても島田勘兵衛。戦の策士として実に良く描いている。守る側の心理、竹槍武装した百姓達の息遣いを読み取る眼力。五郎兵衛が仲間に加わる時に「知古と出会いた」と語り、勘兵衛の将との器に惹かれている。この人の元で戦いたいと思える人物像を志村喬は演じ、黒澤明監督の演出が見事だ。 

148169bb1_2 ラストは明るく田植えをする百姓達の姿。

すぐそばにある村の墓の前で勘兵衛は語る「今度もまた負け戦だったな…。いや勝ったのはあの百姓達だ。わし達ではない」と侍と百姓の異なる世界を対比して描いている。

百姓を支配して初めて「侍」と呼べるのかと思い浮かべた。

 村の子供は出てくるが、若者の登場がない。はね上がった百姓の若者が出てくれば、百姓と侍との関係が不鮮明になってくる。これも黒澤明の演出なのかなと思えた。

 最初、村全体をオープンセットでの撮影かなと思っていたら、村の西側の柵とか、村の中とか、北側の出入口とか、それぞれを別の場所において撮影をおこない、一つの砦としての村落集落を作りあげていることを知った。まさに映画のマジックだとただただ驚嘆するばかりの映画だ。

 ※写真は「ぶらり道草-幻映画館-(七人の侍写真集)」より転用させていただきました。

                                  《夢野銀次》

  

 

  

  

 

 

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