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2013年2月

歴史を活かしたまちづくりー嘉右衛門町重伝建地区

P2230186  平成24年の7月に栃木市嘉右衛門町地区が国の重要伝統的重要建造物保存地区(略して重伝建)として選定された。これを記念した講演会(市など主催)が2月23日に栃木第五地区コミュニティーセンターで開かれた。会場は地元の人を含め150人と満杯だった。講演は市伝統的建造物群保存地区保存審議会の河東義之会長と文化庁の梅津章子文化財調査官が講師を務めた。

  開会の挨拶では鈴木栃木市長の後に、この重伝建保存地区選定に尽力した「栃木の例幣使街道を考える会」の中田会長からは感無量の挨拶などがある等、行政と地域の努力の跡が伺えた。

  講演講師の河東氏は工学博士・小山高専門教授で近代建築史、文化財保存(建造物、町並み)の専門家としても知られている。講演内容は「嘉右衛門町伝建地区の町並み」との題であった。まず河東氏は昭和51年(1976)に塚田家や横山家との関わりから始まり、以後30年間、「栃木街暖簾会」「栃木市誇れるまちづくり事業」「栃木市歴史的町並み景観形成要項の制定」「うだちの会の結成」などに関わってきたこれまでの町並み保存・整備のとりくみ内容の紹介をした。とりわけ、蔵の修理・修復事業で、わずか8万人の栃木市が補助金を支給しての保存活動は全国では珍しいことであったと述べたことが印象に残った。

P2230177  そして、本題のこれからの課題の提示があった。それは、重伝建保存地区の選定は、これからまちづくりが始まるということをの強調でもあった。提示としては、①在郷町としての嘉右衛門地区に加えて商家町としての栃木町が早期の保存地区に選定されるとりくみ、②まちづくりを地域住民と一体となり作っていくこと、③伝統的建造物の特定追加、④修理事業の促進、⑤町並み景観の統一、⑥巴波川河畔の修景と整備、岡田家の整備、⑦住環境・観光拠点の整備、⑧防災計画の策定などあった。今回は嘉右衛門地区が重伝建の選定となり、栃木の大通り地区は選定されていない。嘉右衛門町とあわせて選定されていくことが、重要であるとしている。また、大きな課題として保存地区にある「置き屋根の農村型の蔵作り」の建造物の去就が課題となっていることの報告があった。

P2230184  引き続き、文化庁の梅津章子氏から「伝建制度を活かしたまちづくり」の講演があった。「国は選定すること。財政を含めて保存地区のまちづくりは該当する市町村と地域住民がおこなっていきます」とまず国の姿勢を述べた。その後、全国にある「重伝建保存地区」の事例の紹介がスライドで紹介された。中でも「大内宿」が印象深かった。「選定の後、30年間で保存地区の町並み景観が今のように変わりました」と言って、現在の大内宿を見せた。30年前はトタン屋根が多い集落であった。「保存地区になることによって、地域で地区で市町村で、それぞれが一体となって歴史を活かしたまちづくを考えていく。そのことが重要なのです」と語った。その言葉は参加者にこれからのまちづくりに対するメッセージとも受け止めることができた。

P2230158 今回の講演を受けて、重伝建保存地区選定を受ければ観光客が増加するのだと単純に考えていた。違うのだ。スライドで「飛騨高山」「木曽馬篭宿」を含めて、選定以後に町並みの景観が変わっていたことは地域の人がそれだけ大きな努力したからだと言える。観光客は保存地区を観るために訪れる。保存地区を維持し、保存地区の景観としての建造物の模様替え、修復、修理が求められるからだ。

 例幣使道に面した敷地で居住する人にとっては新築や増築する際のマニュアル(三階建ては駄目とか、派手な模様の塗り替えは駄目とか等)が早急に求められるのではないかと思えた。保存建造物の登録が全部ではないとの報告があった理由が分かる。単に固定資産税が安くなるということではないということだ。

 今後は防災を含めて、行政と地域が一体となって「歴史を活かしたまちづくり」を進めていく。これは栃木市民全体で考えていくのとりくみだ。

 会場からの帰り「栃木第三小学校」の前を通ってきた。小学校の頃、第三小学校の裏を流れるうずま川を「第三小学校プール」と称して、そのうずま川で泳いで遊んだことを思い出した。

                                    《夢野銀次》

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