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心根の弱さか、悲しさか-勝新太郎「座頭市物語」

51g9jqwchrl_sl500_aa300_1_3 遠い昔、最初にみた時には「暗い映画だな」という印象。「土蔵から見える捕手の提灯、飯盛女とのやりとり、川から舟が漕ぎだす」といったシーンの記憶が残っていた勝新太郎のモノクロ映画「座頭市」。

 本当に「座頭市をみていたのかな?」と思い、DVDで三作品を見た。一作目の「座頭市物語」(昭和32年、1962、モノクロ)、二作目の「続座頭市物語」(昭和32年、1962,モノクロ)、三作目「新座頭市物語」昭和33年、1963、カラー)だ。一,二作目は天保水滸伝の世界で天保15年(1845)頃だが、三作目は「水戸天狗党の残党」の登場から慶応2年(1865)頃の時代設定となっていて時代の開きがある。しかし、幕末の下総・常州の時代風景を楽しんで見ることができた。

 一作目の「座頭市物語」では平手造酒(天地茂)と座頭市との男として心のつながりを描いている。盲のため人から下げすまされまいとして、必死で居合い抜きを修行したことを平手造酒に語る。その平手を斬る時の座頭市の悲しさが滲んでくるシーンは印象的だ。

 
61vbo46spl_sl500_aa300_1 二作目はその続きとして飯岡の助五郎をラスト、座頭市が怒りもって斬るシーンが強いインパクトを与えている。
女(千代)めぐって兄弟の争いがあったからだ。座頭市の女を奪ったのが実の兄、与四郎(若山富三郎)だった。その時、座頭市は兄の右腕を斬っている。二人は再会したが、斬り合い、座頭市は兄を脇差で刺した後、追手から逃れるため兄を抱え川に飛び込む。暗い土蔵の中で兄は市に看とられて亡くなる。そのとき、兄も「千代」に棄てられたことを告白する。市が盲になったため棄てられたのと同じく、片腕となったからだ。障害者として苦悩と苦しみ、悲しみが、ラストの飯岡助五郎をたたっ斬るシーンへ繋がっている。見事な演出だ。

  二作目に飯盛女として水谷良重(現在の二代目水谷八重子)がでている。若い水谷良重だが「女の色気」がぷんぷん匂いをさせ実に艶やっぽい演技を見せている。この女優を見るだけでこの作品は面白く、得した気分になれる。場所は関宿。利根川と江戸川の分岐点として、川面と舟、橋など当時のロケーションが映し出される。昭和30年代にまだ残されていた江戸期の風景がある。幕末の時代の暗さが映像として残っていた。貴重な映像資料だと思えた。

 三作目からカラー作品となる。座頭市に居合い抜きを教えた剣術師匠、伴野弥十郎(河津清三郎)が登場し、常州下館を舞台に水戸天狗党の残党を絡ましての作品となっている。この作品でも座頭市は師匠から最後「どめくら」と罵られる。師匠の妹と夫婦になることの許しを請う時に師匠から言われたのだ。その時の市の悲しさがでている。その師匠を市は斬らざる負えない状況が設定されるなど、映画は座頭市を追い詰めていく。

Img_952639_31272559_01_4 「めくら」という障害者、弱者でありながら、居合の達人となり渡世人となった座頭市。仕込み杖からの居合い抜きで斬り刻んでいく姿は昭和30年代、社会から押しつぶされていった一般大衆の怒りが投影されていたのだ。そうした背景なのか、座頭市シリーズは大量に長く続くことになる。

 座頭市の心根は弱く、悲しい。ビートたけしにはできない勝新太郎の「座頭市」だと改めて感じた。

              《夢野銀次》

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