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友への真心とは―NHK時代劇ドラマ「風の果て」

P2_g2319873w_l1  市之丞「おぬし、早く悟れ、どんどん悪い顔になっていく。昔は眼の綺麗な奴だとよく思っていた」。又左衛門「人のことが言えるか、顔相ならお前の方がよっぽとだ」。市之丞「わしは一蔵を斬った時に悟った。これでもうまともな暮らしは決して望めぬと。人の姿はしているが、その実、影のようなものだとな」。このやり取りの後に26年間の古い同門の友人野瀬市之丞(遠藤憲一)から主席家老になった桑山又左衛門(佐藤浩市)に果たし状が届く。藤沢周平の原作ではこの「果たし状」を受け取った時の回想から始まる。しかし、テレビドラマでは、又左衛門の妻、満枝を通して男の出世と権勢欲、友との関わり方を描いた作品となっていた。

 NHK時代劇ドラマ藤沢周平原作「風の果て」のDVDを図書館から借りて見ることができた。平成19年(2007)の10月から12月にかけて全8回で放送された。私はこのDVDで原作を含めてこの作品始めて知った。藤沢周平の「蝉しぐれ」が昭和61年、その三年前の昭和58年に「風の果て」が出ており、読んでいなかったのだ。

  テレビドラマ「風の果て」にはサブタイトルとして「尚、足(た)るを知らず」がついている。原作には出てこない言葉だ。『 足るを知る者は富めり。強(つと)めて行う者は志有り』と孔子の教えがある。小川環樹訳注では「(もっているだけのもので)満足することを知るのが富んでいることであり、自分をはげまして行動するものがその志すところを得るのである」としている。「足るを知らず」は満足を知らず、欲張りな人間を指している。主人公、桑山又左衛門(佐藤浩市)を中心に片貝道場の同門仲間、5人との関わりの中から藩内での権勢の争い、出世欲、友情、葛藤、妬み、確執を描いた作品だ。とりわけ権勢の争いは人の顔を醜いものとなっていくことを友との葛藤から描いていると思えた。

Photo011  5人の中で千石の跡取り息子杉山忠兵衛(仲村トオル)を除いた4人は貧しい100石前後の軽輩の家の2・3男。他家の婿になるか厄介叔父となるか、厳しい選択があった。婿入りした宮坂一蔵(三浦アキフミ)は妻の不義密通者を斬り、出奔する。その一蔵を野瀬市之丞(遠藤憲一)が斬ることになってしまった。「本来はわしが一蔵をきるべきだった」と桑山又左衛門は引きずることになり、市之丞に負い目となっていく。その又左衛門は桑山家の婿養子となり、太蔵が原の開墾を成功させ、出世の道を突き進むことになる。政変を経て、友の杉山忠兵衛は主席家老になっていた。そこに、中老として桑山又左衛門が出世してきた。たとえ昔の友であれ、忠兵衛は又左衛門の失脚に動き出した。しかし、又左衛門の逆襲で逆に杉山忠兵衛が失脚する。桑山又左衛門は主席家老となる。

Photo071  五間河原での桑山又左衛門と野瀬市之丞の果し合い。市之丞が何故、又左衛門に果し合いを望んだか、どうも分からない。失脚した杉山忠兵衛に金子の援助を長年受け取ってきた。そして忠兵衛に又左衛門を斬ることが頼まれる場面がある。しかし、それだけでの理由での果し合いではない。5人の中で20石の普請組の婿養子となった藤井庄六(野添義弘)は役職を離れたつき付き合いを3人としてきた。その庄六は政の話は拒否しながら「市之丞は又左衛門を一番好きだった。死病となっている市之丞は又左衛門に斬られたかったのだ。美しく死にたかったのだ」と忠兵衛にはきだすうように言うセリフは胸に残った。野瀬市之丞は権勢欲となっている桑山又左衛門を昔の友として許せなかったのか。又は我慢できなかったのか。

071017_tv1  果し合いを受けるかどうか、又左衛門は自分の青年時代の隼人と自問自答を行う。このシーンが実に胸に沁みこんできた。「一生懸命生きてきたが、お前(隼人)から見れば悪人か?一蔵はわしが斬るべきだった。引き立ててくれた忠兵衛に義理を尽くすべきべきだったか?市之丞を見捨てず真の友として大切にすべきだったか?お前ならそうしたであろうな」。友との付き合い方にはいろいろあるが、友への想い、関わり方とは何なのか?このドラマは私にそう問いかけを突きつけてきた。昔の自分を見つめ直し、一人で向かってこいと市之丞は又左衛門に突きつけ、又左衛門はそれに応えて果し合いに挑む。友への真心を描いていると思えた。

Img_1095339_50751854_02   脚本の竹山洋はこの作品の前に仲代達矢主演の「清左衛門残日録」(藤沢周平原作、93年4月放送)を書いている。理想の隠居の姿として楽しみに見ていたドラマだったことを覚えている。この「風の果て」の原作にはいつも登場する女性がいなく、寒々とした風景を著している。しかし、テレビドラマでは又左衛門の妻として満江(石田えり)とふき(平俊恵)を登場させ、男の仕事と生活を描いている。このことが原作からより幅広い世界へとなっている。

  脚本、竹山洋は「面白か、面白くないか、それが問題だと思い続けたきた。シナリオはそれが一番のことだと信じていたが、今回の『風の果て』は、そのことを放下することにした。面白いことより大切なこと。それがあるのではないか、と、原作を読み考えた。それはなんだと問われると明確な言葉が出ないが、あえて言うと、人間の骨の奥にある、誠心--という言葉かもしれない。誠のようなもの、信義のような、大きな愛のようなもの、そのことを書いてみようと必死にやった。」と「風の果て」のホームページに記述している。

Yamano_41070901711  野瀬市之丞の「一人か?」という問に又左衛門は頷き、二人の果し合いがはじまる。ヨシキリの鳴き声が市之丞の耳元にささやく。かつて一蔵を河原で仕留めた時にもヨシキリの鳴き声がしていた。果し合いの日は一蔵の命日の設定となっていた。そして、野瀬市之丞は桑山又左衛門に斬られることを選ぶ。野瀬市之丞を演じた遠藤憲一。このドラマでの眼が鋭く、すごい役者がいたんだなと感心した。以後、注目していく役者だ。

  「主席家老たる者が一人でなんかで行くものか」と叫ぶ杉山忠兵衛に藤井庄六は「市之丞は美しく死にたかったのだ。それを信じてやることが供養だ」と、友への想いをこめて吐き出すように言い返す。印象的なシーンだ。

  友情ってなんなのか。友への想い。学生時代から年に何回か合う友人は少ない。年賀はがきで30年以上も会っていない者もいる。皆、郷里に帰っている。東京にいた時には仕事が忙しいからと勝手な理屈をつけて会わなかった。意識して付き合いを拒んでいたのかもしれない。同じ職場で友となった同僚とはどんな付き合いをしてきていたのだろうか。友として同僚が出世すれば「妬み」の心があった。公私混同はしてこなかったつもりだが、どこかで「憎み、疎ましさ」があったことは否定できない。学生時代の時、同じアパートの隣に住んでいた友がいた。ある日、突然その友は言った「大学院、受かったよ」。やられたなとその時、思った。「良かったな」と言うことすらいえなかった自分。一緒に喜ばず、妬んだ自分がいた。以後、その友とは関係が離れた。友との関係は築くものだと思えるが、割り切ることができない自分の器量の小ささが疎ましい。幸い今は仲間となる人が周りにたくさんいる。このことを大切していこうと思う。

  このドラマの家の屋根は石で覆われている。演出だと思えるが、風の強い地域として石を積んだ屋根を現しているが、今ひとつ強く伝わって来なかった。桑山又左衛門の舅、桑山孫助(蟹江敬三)が隠居する際に又左衛門に言う「風のように走ってきた。なお悟れん」。人生満足することなく、新たな目標に向けて進んでいくのかな。ラストで「桜湯」がでてくる。又左衛門の判断を変えるきっかけとなっているが、何故「桜湯」なのか?その意味が分からなかった。

                              《夢野銀次》

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