« 明治前期の時代を描く―NHK大河ドラマ「獅子の時代」その1 | トップページ | 津軽の海を越えて来た―53年ぶりの「こまどり姉妹」 »

明治前期の時代を描く―NHK大河ドラマ「獅子の時代」その2

13689256421  五稜郭箱館病院で負傷した平沼銑次(菅原文太)は甚助(大滝秀治)の手助けで蝦夷(北海道)を脱出し、東京を目指す(17回)。途中の郡山の宿屋で仲居をしているもん(大原麗子)に再会する。喀血したもんを気遣い、東京で苅谷嘉顕(加藤剛)に助けを乞う(18回)。もんは嘉顕の下宿で療養し、やがて仲居として働くようになるが、弟のため囲い者になる。銑次との再会は病身ということからか、銑次への想いを深めていくきっかけになる。

  瑞穂屋卯三郎(児玉清)で商人見習い中、汚職関連で傷害事件を起こす銑次は牢屋に入る。牢の中で松本栄吉(丹波哲郎)と出会う。出所後、銑次は人力車ひきの車夫になる。車夫となった銑次の人力車に乗るもん。二人は結ばれる。しかし、銑次は強制的に西南戦争の軍夫にさせられ、松本栄吉とともに熊本田原坂に送りこまれることになってしまう。

 この西南戦争には内務文官の苅谷嘉顕(加藤剛)が来る。嘉顕は九州に出立つ直前に銑次の妹の千代(大竹しのぶ)と結婚式を挙げている(34回)。銑次をはじめ鹿児島の嘉顕の父(千秋実)と母(沢村貞子)は反対していている中でだった。薩摩と会津の深い溝を描いている。

Mainphoto1 田原坂の戦闘で政府軍は薩軍の斬りこみに対して抜刀隊を編成する(37回)。薩軍の中に嘉顕の父がいることが分かる。しかし嘉顕は銑次に「大局を見ている。家族のことは小さいこと。この戦負けるわけにいかん」と今の政治を進めていくため親をも斬っていくことを言う。銑次は嘉顕に「妹の亭主に親を斬らせるわけにいけねえ。親を斬る者が他の人間を大事するか」と大義では通らない人間社会の営みの原点を言う。銑次にとり家族や人間関係の繋がりこそ社会の原点だと思っている。嘉顕の父は田原坂で嘉顕の前で斬られ討死する(37回)。鹿児島の生家に来た嘉顕に母(沢村貞子)は父を殺しても貫く正義という考えに怒るシーンが出てくる。

 1_2 この西南戦争までを江藤新平(細川俊之)の改革と大久保利通(鶴田浩二)の征韓論者との争いなど明治政府内部の政争を描いている。そこで問われることは前の徳川の時代と今の太政官政治とが比較されることだ。どっちが良かったのかと。亡くなった者を無駄にするなと言う銑次。嘉顕は新政府に新たな希望を見出そうとして政府官僚として職務を忠実に務める。かたや銑次は時代が彼を放っておかず、事件に関わってていく姿を描いていく。

 それは大久保利通(鶴田浩二)の暗殺で明治前期の一つの政争の幕が閉じられる(38回)。斬りこんでくる暗殺者達に向け「暗殺で世の中は変わらん。おいを殺しておはんら何ができる。わいは日本を引き受け、これからだと言うておる。あとに続く者がおいにある。明治の正義はおいにある」と絶命していく大久保。日本を背負ってきた重みを現わす鶴田浩二の演技は印象深く心に残る。大久保のあとに登場してきた伊藤博文(根津甚八)は明治憲法発布にむけ強権政府を敷いくことになる。ドラマは大久保利通と大きく違っていく伊藤博文の明治10年代を描いていく。

Photo_4 明治14年の39回から北海道に舞台が移る。和田篤のナレーションで当時の北海道の人口が6万人と紹介される。北海道に政府開拓使が置かれ、苅谷嘉顕が千代とともに赴任している。そして小樽港に終身刑の囚人40人が護送され、その中に銑次がいる。西南戦争で軍資金強奪と大久保暗殺に関わったとして北海道に移送されたのだ。回漕問屋の番頭となった甚助(大滝秀治)が銑次がいることに気が付く。甚助の主人は失踪した嘉顕の兄嫁菊子(藤真利子)が登場し、嘉顕に再会していく(40回)。このあたりのドラマの作りの面白さを感じ、大河ドラマという長丁場の作品だなと思えた。

Photo_5 北海道月形町に明治政府は樺戸集治監(かばとしゅうじかん)を作ったことが和田篤のナレーションで紹介される(40回)。ナレーションでは「西南戦争直後、反政府の囚人を北海道に送り、無料の労働力として道や畑を開拓させた。囚人は赤い服を着せられ二人づつ鎖に繋がれていた」と語られる。樺戸集治監は石狩川の上流にあり、民家のない密林地帯となっていた。この樺戸集治監に銑次が収監される。ドラマはもんが近くの石狩に銑次を慕ってくる。そして銑次を先頭に囚人全員の樺戸集政治監からの大脱走を描いていく。Imgp69441 

 色川大吉著「自由民権」(岩波新書)の中で「明治政府は、暴虐な権力にたいして抵抗権を行使した自由民権の『重罪人』を、人煙まれな域外の地、北海道にどしどし流刑した。そして彼らに重い鎖をつけ、千古の密林に道路を開かせ多くの命をうばった」と記述している。

 11501_3 ドラマでは真冬を迎える牢獄で住田(日下武史)が看守や牢につながれている銑次らに叫ぶ(42回)。「諸君はここの真冬を知らぬ。火の気のないふとん一枚では全員が死ぬ。全員で足袋、綿入れ、もう一枚の毛布を要求しよう。黙っていては人間の恥だ。人を殺しても構わぬという仕打ちに抗議する」と牢獄内から叫ぶが看守たちに殺される。40人いた囚人は26人に減少する。寒さのため亡くなっていったのだ。「多くの自由民権者が送られ、彼らの遺骸はどこともしれずに埋められたと」色川大吉著「自由民権」には記述されている。行ったことのない私だが、樺戸集治監を忠実に描いているのではないかと思えた。そして用意周到に銑次は脱獄の作業を進め、雪解けを待ち、決行する。この42回から44回にかけて脱走から小樽における銑次単身での殴り込みシーンまでは活劇として面白く観た。

31wza4k0zfl1  脱出した銑次はもんと共に小樽から東京にくる。しかし、病身のもんは凌雲や銑次の看病にもかかわらず、亡くなっていく(47回)。

 銑次が病身のもんを看病していく姿は加藤泰監督「沓掛時次郎遊侠一匹」(昭和41年東映公開)を想い出した。中村錦之助の沓掛時次郎が 義理で斬り殺した三蔵の女房、おきぬ(池内淳子)との恋だ。おきぬと再会するが、おきぬは肺を患っていた。看病をする時次郎、そして薬代を得るために助っ人として出入れに加わる時次郎。その時の悲しくもやりきれない男の情感を中村錦之助は演じていた。加藤泰と中村錦之助が作った時代劇、股旅映画の傑作だったと思っている。

 もん(大原麗子)を看病し、最後を看取る銑次(菅原文太)は優しくも強い男として描いている。銑次にはドラマ全体でも瑞穂屋卯三郎(児玉清)をはじめ多くの人物から助けられていく。このあたり銑次が時代の波にもまれながらも強く生き抜く姿勢が人を引き付け、快く援助者が現れる要因になっているからだ。また兄貴とも慕われる。妹千代にとり怖い兄であるが頼りになる兄を描いている。兄弟の多かった時代、兄は父親変わりの役を負っていたことを改めて思った。しかし、随分多くの登場人物の亡くなっていく姿を銑次は看取ることになる。それだけ死をかけての戦いの時代だったということなのだ。

2009102122105833c1 ドラマは終盤、自由党の限界を福島事件などを通して描き出してくる。47回では秩父農民の世話役の松本英吉(丹波哲郎)と自由党幹部の若い青年(役所広司)とのシーン。高利貸しにゆすりをしていると指摘された松本英吉は「一家心中しようと追い込まれている農民を自由党は助けることができるんですかい?」と問う。自由党幹部青年は詩吟を詠い、答えることができない。まだ若い役所広司が演じている。武装蜂起の波が高まっていく。福島事件で銑次に助けられた伊河泉太郎(村井国夫)も加わり、松本英吉、平沼銑次の3人を中心に準備が進めれていく。丹波哲郎の飄々としながら存在感のある演技はさすがだ。「侍の明治維新から百姓町人の明治維新を目指す」という銑次の想いが秩父事件の特色を描き出してくる。

Photo  明治17年11月1日に田代栄助(志村喬)を総裁とした秩父困民党が蜂起する(51回・最終回)。伊藤博文は秩父困民党蜂起を反乱と位置づけ鎮台兵(軍隊)を出動させ、素早く鎮圧する。根津甚八演ずる伊藤博文は鶴田浩二が演じた大久保利通のような迷いや苦悩を表わさない。嘉顕を自由民権家への密偵として扱い、抹殺していくなど怜悧な役を演じている。ここでは大久保利通とまったく違う伊藤博文を描いている。私は山田太一が描いたこのドラマにおいて、明治前期時代の圧政者が大久保利通ではなく伊藤博文であったことを示しているように受け止めた。

40939461161_2  苅谷嘉顕(加藤剛)は国賊とされ官憲に惨殺されていく(50回)。しかし、嘉顕の残した文書が子供の頭に兜となって残る。その文書には「国民は愚か者にあらず。もし国民の声を聴かず、政府官僚が独裁独善に陥れば必ず国は破局に向かう。願わくば日本国憲法は国民の自由自治を根本とした、願わくば日本国憲法は国民の自由自治を根本とした」と2度に渡り書かれ、加藤剛の語りで国民の自由自治を根本とした憲法のあるべき姿が繰り返される。印象に残る言葉だ。

 ドラマのラストは自由自治元年と掲げたのぼりを携え、一人斬りこんでいく平沼銑次(菅原文太)のアップとナレーションで終わる。昭和の日本国憲法の中身を今更ながら素晴らしい憲法であると思えてくる。憲法は国・政府の姿勢を監視抑止するものであることを改めて考えていきたい。

 14000216261 ラスト和田篤のナレーション≪やがて日本は日清戦争に突入、日露戦争に歩んでいく。その様な歳月のなかで幾度か銑次の姿を見たという人があった。例えば栃木県足尾銅山鉱毒事件の弾圧のなかで、例えば北海道幌内炭鉱の暴動弾圧の最中で、激しく抵抗する銑次を見たという人がいた。そして噂の銑次はいつも抗(あがら)う銑次であった…。≫という語りが続く。時と時勢には勝てぬという世の習いを打ち破っていく姿を描く。そしてパリの郊外を走る蒸気機関車が映しだされる。列車には医者を目指す銑次の姪の保子(熊谷美由紀)が乗っている所で「獅子の時代」は終わる。

 幕末戊辰戦争から薩長藩閥政府へ、そして明治憲法発布にいたるまでの近代国家を歩み始めた明治前期の時代。敗者と勝者がその時代に向き合いながら生きていく姿を描いた大変貴重なドラマだ。

                                 《夢野銀次》

〈※ このページから入ったお方は「獅子の時代その1」も御覧ください。〉

 

 

|

« 明治前期の時代を描く―NHK大河ドラマ「獅子の時代」その1 | トップページ | 津軽の海を越えて来た―53年ぶりの「こまどり姉妹」 »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

こんばんは、はじめましてzetaと申します。
Googleで獅子の時代を検索してこちらに辿り着きました。
本放送時小学生でしたが、嘉顕の最後と
銑次の生きざまにはとても感動しました。
物語の最後に嘉顕と千代の子が鍬を下すシーンに
未来への希望があるなと思いました。
最近DVDを入手してまた見直しております。
私はこの作品が大河ドラマの白眉だと思っております。

栃木市の映画館のお話しも興味深く読ませていただきました。
マーチパート2はもはや貴重な個人経営のパチンコ屋さんで
このお店が現存している事を確認して
玉の湯で湯に浸かって、冨士屋で小倉ソフトを頂くのが
栃木での楽しみです。

こらからもちょくちょくこちらにお邪魔しますね。

投稿: zeta | 2016年6月24日 (金) 22時36分

zetaさんコメントありがとう。
「自由自治元年」と掲げて蜂起した秩父困民党事件。幕末から明治憲法が発布されるまでを描いた大河ドラマ。報道規制がじんわりと始まっている昨今で、こうしたドラマをNHKが制作したことは凄いことだなと思っています。
 これからも遊びに来て下さい。
                    ――夢野銀次

投稿: 銀次 | 2016年6月25日 (土) 04時45分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1233525/55130011

この記事へのトラックバック一覧です: 明治前期の時代を描く―NHK大河ドラマ「獅子の時代」その2:

« 明治前期の時代を描く―NHK大河ドラマ「獅子の時代」その1 | トップページ | 津軽の海を越えて来た―53年ぶりの「こまどり姉妹」 »