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父と朋江への想いー映画「たそがれ清兵衛」

100203311101_3  夕暮れ時。清兵衛の家の前の道端で遠くを見ている下男の直太(神戸浩)。玄関前では上の娘、萱野(伊藤未希)が妹、以登(橋口絵莉奈)に豆腐の使いを頼んでいる。寺の鐘が「ゴーン」と鳴る。

   「…たまげた!旦那さんが来るぞ」と直太の叫び声が聞こえる。刀を杖に傷を負いながら粗末な門に現れる井口清兵衛(真田広之)。刀を直太に預け、怖がる以登を抱き上げる清兵衛。おどろく萱野は家の中に向かい「朋江はん!」と叫ぶ。玄関先に朋江(宮沢りえ)が現れる。そばによってきた朋江の手をさすりながら清兵衛は「あなたがいてくださるとは」。清兵衛の手を握り返しながら朋江は「いかった。わたしはもうあなたが死んだとばかり…」と言いながら泣き伏す。

  二人の姿をじっと見つめる姉妹。以登の瞳が光っている。その以登(岸恵子)が二人の眠る墓の前で父と朋江への想いを語るところで映画「たそがれ清兵衛」は終わる。見事なラストシーンだなと改めて感じた。

139315_31_2  2002年度(平成14年度)キネマ旬ベストワン、毎日映画コンクール、日本アカデミー賞、ブルーリボン賞など、その年の映画賞を総ナメした作品「たそがれ清兵衛」。監督は山田洋次。脚本は山田洋次と朝間義隆。原作は藤沢周平の海坂藩を舞台にした「たそがれ清兵衛」「竹光始末」「祝い人助八」の3つの短編小説。

   山田洋次監督は「本物の時代劇を撮る」として、藤沢周平の時代小説を選択し、一年を費やしての時代考証を行ない、撮りあげた作品だ。それも肩の力を抜いてさりげなく撮っている。12年前の作品「たそがれ清兵衛」改めて観させてもらった。山田洋次監督のこの作品にかけた並々ならぬ想いを感じた。

 妻を亡くし、二人の子供と老母を抱える主人公の井口清兵衛。貧しい生活ゆえに城内の仕事を終えると、家族の世話と内職に励むため同僚との付き合いを断り、そくそくと帰宅する。同僚からは“たそがれ清兵衛”と呼ばれていた。ある日、政争で敗れた剣の達人、余吾善右衛門(田中泯)を討つように命じられる。出立する朝、親友の妹、朋江に身支度の手伝いをしてもらう。そして朋江に清兵衛の想いを告げる。しかし、朋江はすでに嫁ぐ先が決まっているとの返事だった。

Img_61  長い死闘の末に清兵衛は討ち果たす。娘たちの待つ家には諦めた朋江が待っていたのだ。原作「祝い人助っ人」のラストでも粗末な門の前で待つ女性を書いているが、このシーンで藤沢周平著「麦屋町昼下がり」の最後を連想した。

 最初に私が藤沢周平の作品を読んだのは「麦屋町昼下がり」だった。すごく感動して読んだ。麦屋町のそば屋に立て籠もった弓削新次郎を片桐敬助が長い死闘のうえに討ち果たす。刀を杖に町の入口に来ると妹のそばに見たことのない娘がいる。「――あれが…。寺崎の満江どのだな、と思った。その娘は、身じろぎもせず敬助を見つめていた」。一度縁組を断られたが、待っている満江の姿が浮かんでくるという情景に熱いものが込みあげてきたのだった。

Mv32587l1_2   山田監督は「SmaSTASION6-トクベツキカク」の中で藤沢作品を次のように述べている。「朝な夕なの景色、微妙な変化、季節の、春夏秋冬の変わりかた、その描写がとても美しくてね。雨や霧や風をどうやって映画に表現できるかっていうことをとても考えたのは事実ですね。つまり昔の人たちは、江戸であれ庄内地方であれ、とにかく静かだったな、と。大きな音なんかしなかっただな、と。その分だけ町で物売りの声とか鳥の鳴き声とか、虫の鳴き声とかね。川のせせらぎとかがよく聞こえたんじゃないのかなと」。

 こうした音は随所に見られる。朋江の家の門の下を流れて川のせせらぎの音。上役(小林稔待)が清兵衛宅を訪問する門での蛙鳴き声。ざる売りの声。河原での若菜つみ。清兵衛宅にさくつつじの花などでてくる。雷雨と激しい夕立の雨音。

186051061_2  こだわった時代考証。妻の葬儀の葬列。男は白の裃。女は白無垢の着物。明治になってから黒の喪服となったが、江戸時代は白の喪服だった。西洋の黒い礼服の影響だったのか?葬儀費用はいくらかかったは分からない。しかし、清兵衛は長刀をこのために売り、竹光の刀になる。そのことが余吾善右衛門の怒りをかい、斬りあうきっかけになる。

 朋江に対し女子のあり方を諭す兄嫁(深浦加奈子)。「道端で男の人と話しをしてはいけない」「女子は兄嫁に口答えをするものでない」と怒る台詞。伯父(丹波哲郎)が清兵衛に後添えを世話する際に「女子は顔などどうでもよい、尻が大きく、子供をたくさん産めればよい、頭はついているだけでいいのだ」と言う台詞などは江戸期に女子教育書とされている「女大学」からきていると思えた。「容姿よりも心根の善良なことが肝要で、従順で貞節、情け深くしとやかなのがよい」「嫁いだら夫の両親を実の親以上に大切にせよ」「妻は夫を主君として仕えよ」「淫乱・嫉妬・不妊・舅に不従順・家族に移る病・多弁・盗癖のある嫁は離縁されるべき」「無駄話をするな」「万事倹約を旨とせよ」「みだりに他人の家に出入りするな」など個人より家の継続を考えて「女大学」は書かれている。江戸期、宝永7年(1710)に貝原益軒が書いたされている考え方は江戸期から明治大正、太平洋戦争時代まで続いてきた。今も残っている箇所の考えもある。 

23ed0f958d32e08a55612e5c397150c41 小さい子供であっても挨拶は座ってお辞儀を行う所作。相手への敬う気持ちが表れていて気持ちが良い。勝手口が見える土間の壁に架かっている「萬病圓」、家康が愛用したとされる漢方薬。家族には必需品なのだ。障子や襖に貼ってある文字が書かれている紙。そこから古文書として歴史ある史料が見つかっているとされている。師匠にまず挨拶を行ない、自分たちで机を並べて論語の素読をする寺子屋風景。師匠は全体で講義するのではなく、各人にそれぞれ教えていたとされている。内職の虫かご作り。先月分で550文。一文30円とした場合、17,000円前後の賃料にしかならない。

  朝ごはんはお粥とおしんこという質素な食事。最後はおしんこと白湯で食器を洗って自分用のお膳にしまう。籠城の食糧の中に「棒鱈(ぼうだら)」があったこと。江戸時代以前から東北・北海道地方において海産物をつかった保存食の代表格。村の神社の例祭には武士は行ってはいけなかったことなどが描かれている。ただここでは庶民や百姓を武士はどう見ていたかも描いている。兵糧蔵にて殿から清兵衛は「よいか、家中の者は庶民のお手本にならねばならない。むさくるしいのはいかんぞ」と諭される。神社の祭りには「侍は百姓がいてこそ成り立っている」という考えの朋江。同列目線として山田監督は支配者としての武士を描いてはいないことが読み取れる。井口清兵衛をはじめ余吾善右衛門や同僚たちなど登場する武士たちは皆、海坂藩に仕える武家奉公人として捉えている。奉公人ゆえに悲哀や苦渋、気楽さなども描いている。

217x35wdxel_sl160_1_2 余吾善右衛門を討ちとりに行く前の深夜。清兵衛が刀を「シースー、シースー、シースー」と研ぐ。石と刃先がかみ合う異様な研ぐ音。明け方に素振りを行なう。緊張が漂う姿の清兵衛。しかし、次のシーンは朝、鰹節を「ズック、ズック、ズック」と音をたてて削る清兵衛を描く。寺子屋にかけていく娘たち。にわとりがたまごを産んでることを告げる母親。そこには日常の生活の営みが続いていくことが淡々と描かれている。

  表舞台にでるための身支度が必要になる。朋江に手伝いを依頼する。襷をかけて、清兵衛の身支度を素早く行なう朋江。このシーンの宮沢りえの演技は凛として緊張感が表れ、こんなにうまい女優だったのかと感心させられる。

200203310811 原作には二人の娘は登場していない。娘は山田洋次監督のモチーフ「家族の愛情」を表している作品になっている。姉の萱野(伊藤未希望)、妹の以登(橋口恵莉奈)がいい。父や老いた祖母を想う気持ちが伝わってくる。それが晩年の以登(岸恵子)のナレーションの語り口に繋がっている。

 伯父(丹波哲郎)から後添いの話があるシーンで清兵衛は「伯父様が思っているほど、この生活は惨めだと私は思いません。子供が大きくなるのを見ているのは農作物を見ているように幸せなことでがんす」と語る。

 夜、「論語」を暗誦する姉の萱野は父、清兵衛に問いかける。「針仕事を習えば着物や浴衣を縫えるようになる。学問をしたら何の役に立つんだろうか」、虫かごを作りながら清兵衛は「学問をすれば自分の頭で考えられるようになる。考える力を持っていれば、これからの時代に生きていける」と語る。学問をすることによって考える力を身に着け、判断する能力を養うという近代社会における個人の自立という「学問のすゝめ」を描いている。山田洋次監督の凄さを感じる。

 一方では虫かご作りをしている父を見つめながら以登のナレーションはが胸に響く「長い患いでたくさんの借金ができたうえ、祖母がもうろくしてからは、炊事洗濯、畑仕事、盆正月の支度やご近所のお付き合いで忙しく、父は自分の身の回りに気を配るゆとりがなく、次第に薄汚れた姿になりました。娘のわたしはそのことが悲しかったものです」と情愛のこもる語り口が良い。

139315_72 以前、わたしのブログで「上田城石垣はたそがれ清兵衛のロケ地にある」を書いた。上田城の西方に流れる矢出沢川沿いにある丸山邸の河原だ。清兵衛が甲田太郎(大杉蓮)を短木棒で倒すシーン。この映画での殺陣のシーンはこの河原と最後の余吾善右衛門の家の中での斬り合いだけとなっている。

 決して高望みはせず、貧しい日常生活の中に安心を見出していく。自分が戻っていける所。その場所をしっかり見定めていくこと。そう私に伝えてきている映画だ。

 朋江を迎えて暮らした3年。やがて戊辰戦争で清兵衛は戦死する。二人の娘を東京で育て嫁がせた朋江。岸恵子のナレーションの語りが続く。

  「明治の御代になり、父の同僚で偉いお役人になった人たちが、たそがれ清兵衛は不運な男だったとおっしゃるのを良く聞きしましたが、私はそんなふうには思いません。父は出世などを望むような人ではなく、自分のことを不運とは思っていなかった筈です。私たち娘を愛し、美しい朋江さんに愛され、充足した想いで短い人生を過ごしたに違いありません。そんな父のことを誇りに思っています」

   父と朋江へ想いを娘以登、岸恵子のゆとりある語りが胸に響いてくる。清兵衛と朋江のお墓は山並みがきれいに見渡せる庄内地方にある。

 一度行ってみたいな、海坂藩に。

                                   《夢野銀次》

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