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春画展ー永青文庫に行く

063_2  展示室の中の人の行列は立ち止ったまま動かない。雨の影響で室内はムシムシしていて暑い。扇子を持って来てよかったと思える。絵の展覧会で画を見たまま人が動かない展示会は初めての体験だ。

  狭い展示室にぎっしりと人で埋まっている。6割から7割の中高年女性の閲覧者。怒ることもなく、いらいらすることもなく画を楽しく見ている。「きれいな柄の着物ネ」「これ見て、おもしろいわ」などの会話が入ってくる。

   文京区目白台にある「永青文庫」で開催中の「春画展」に11月10日、小雨の中を見に行ってきた。狭い階段を上り、3階展示室から順次狭い階段を降りての鑑賞。入口には「18歳未満の入館お断り」の張り紙が貼ってあった。

  最上階の第1展示室の最初の画は喜多川歌麿の浮世絵春画。庭先の垣根で子供を抱っこした女性の股下を男の手がさぐっている画。抱っこされている男の子のあどけなさと女性のうれしそうな顔の表情がいい。座敷で同衾する男と女。そのそばの縁側で同衾している猫が描かれてある春画。…おもしろい。足のある幽霊の春画。キツネと同衾している春画などが展示されている。

068_2  立ち止まって動かない入館者。人の熱気で混み合った展示室。――じっと画を見つめている。いや物語を覗き込むように見ているように映ってくる。城中に保存されてあった藩主が見ていた蒔絵の春画。その一部の頁が展示されている。男女の同衾を見ながら、最初から読み砕いていくのも楽しいだろうなと思えてくる。

  前隣りの女性に身体が触れないように気をつかって歩いてすすむ。満員電車と違い、卑猥な感情は湧いてこなかった。不思議な気がした。

072   画の中の男の姿は「おねえちゃん、あちきと遊ばない?」と決め台詞をやることで有名なジョージ秋山の「浮浪雲」の世界を連想させる。女の表情は「うれしい」って表情が愛くるしくみえる。男と女のからみは「生の謳歌」なのか。ビニ本のような猥褻さは感じない。

  肉筆、版画、冊子、綴じ画、蒔絵、豆画の春画を葛飾北斎、喜多川歌麿、鈴木晴信などの著名な浮世絵絵師が描いている。浮世絵の原点は春画にあるのかなと思えてきた。

  「500人の入る大教室での春画の講義には、圧倒的に女子の聴講生が多い」と文藝春秋11月号「なぜいま春画がブームなのか」の対談で石上阿希国際文化センター助教授が述べている。この対談には永青文庫理事長で元首相の細川護熙氏と浦上蒼穹堂店主、浦上満氏が加わっての対談記事になっている。

063  対談の中で、春画講義の聴講生のことを石上阿希氏は、「女子は自分と春画の間に距離を置いてみることができるのですが、男子は客観的に見ることがないのかもしれません。今回の春画展の雑誌で、女性誌では明るく紹介されていたのと対照的に男性誌では『袋とじ』になっていたのです。性的興奮を呼び起こすものとして、春画はまだ通用するのだと驚きました」と、春画に対する偏見に言及している。

  細川護熙氏は「春画を見ていることを異性に見られるのは抵抗があると思っていましたが、石上さんの話から、若い女性はあっけらんかんとしているようで、世代の差を感じます」と言うと、浦上満氏は「春画は見ているだけで楽しいものですが、ユーモアやパロディーなどが随所にちりばめられていて、見れば見るほど奥深いものです」と述べている。

  確かに見ていておもしろかった。性への陰鬱さ、陰湿な感じを受けなかった。自分の中には春画は隠れてひっそりと見るものと潜在的に思っていたことに気がついた。大ぴらに見ることのできた春画展だった。また見に行ってみようという気持ちになってきている。

067  「春画展」は9月19日から12月23日まで永青文庫で開催されている。土日などは入館前に行列ができるほどの大盛況になっている。

  企画者の一人浦上満氏は対談の中で、「2013年の大英博物館で行なわれた春画展は大きな反響を呼び、大盛況であった。日本での開催を呼びかけ、20か所の美術館に開催の打診したが断られた」と語り、「春画への偏見がまだまだ強い」と意気消沈していた時に「細川さんより永青文庫で開催することの返事を戴いた」ことの開催への苦労が語られていた。今後、身近な美術館で「浮世絵展」と合わせて堂々と「春画展」が開催されていけば良いと思えてくる。

 海外で高い評価を得て日本への逆輸入されてきた浮世絵。春画もまた、同じように日本に評判が逆輸入されてくる。それでも良いと思う。春画には「生きている」世界が描かれてあるように思えてくるからだ。

059 会場の文京区目白台にある永青文庫に始めて行ってみた。地図で所在地を調べてみたら、早稲田大学のそばを流れる神田川の川岸の上にあることが分かった。地下鉄東西線、「早稲田」駅を下車して、高田馬場よりの出口から、早稲田大学を左に見て歩きだし、新目白通りを渡り、神田川に出る。神田川に架かる駒塚橋を渡ると目の前が急な坂道の「胸突坂」。坂の左には神田上水の守護神を祀る「水神社」が鎮座している。右側に「関口芭蕉庵」がある。急な坂道、胸突坂をヒイヒイ言いながら登りきった高台に永青文庫があった。早稲田駅からの所要時間は25分。 

  鬱蒼とした木々に囲まれて、門から砂利道が続き、永青文庫の建物入口があった。熊本藩細川家の屋敷跡にある永青文庫の建物は昭和5年に建てられている。細川侯爵家の家政所(事務所)にしていた。4階建てに見える洋風建築になっている。昭和初期の建物から、「少年探偵団」の世界を彷彿させる感じがした。

058_2   戦国期、細川藤孝を始祖する細川家は三代忠利の時、肥後熊本54万石を与えられ、外様大名として幕末、明治維新を迎える。

   永青文庫は、昭和25年に美術界でも著名な第16代当主細川護立によって細川家に伝来する文化財の散逸を防ぐ目的で財団法人として設立されている。昭和47年から永青文庫で一般公開を始めている。ホームページには「昭和48年に博物館法による登録博物館となり、欧州貴族にも優る七百年余の細川家の伝統が息づいている」と紹介されている。

 元首相の細川護熙氏は細川家第18代当主であり、永青文庫の理事長を務めている。

  永青文庫の「永青」は細川家の菩提寺、京都建仁寺塔頭の永源庵の「永」と藤孝の居城、青龍寺(別名勝龍寺)城の「青」の二字をとって昭和25年に16代当主の細川護立公が名付けた。細川家の伝統を継承し、護り、誇りとするに相応した名称であるとホームページに記載されている。

  神田川を見下ろす高台に建つ細川家。近くには山形有朋の邸宅跡「椿山荘」や朝ドラの「朝がきた」のモデル、広岡朝子の尽力で建設された「日本女子大学、成瀬記念講堂」(元三井の別荘地)もある。高級な別荘地だった目白台の一角。帰路にはその辺を散策して目白駅に出ようと思っていた。しかし、春画展での人混みで、もと来た早稲田駅に向かった。永青文庫周辺でも十分江戸期の武蔵の面影を味わうことができたからだ。

                                      《夢野銀次》

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