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栃木市文化芸術館・文学館基本構想から思うこと

002_2_2  巴波川に架かる常盤橋から運河沿いに旧栃木市役所別館、栃木中央小学校に続く道がある。私の最も好きな栃木の町並みの景観だ。県庁掘りとそこから巴波川に流れる漕渠(そうきょ)・運河は栃木市民として誇れる史跡でもあるからだ。

  栃木市では、平成28年度の予算として鈴木俊美市長の公約である文化芸術館(仮称)と文学資料館(仮称)の整備費用として5800万円、旧栃木第一小学校を活用する地域交流センター(仮称)の整備費2400万円、嘉右衛門町伝建地区の拠点整備費2700万円を計上して本格的な文化芸術のまちづくりが開始されることになってきた。

  平成28年2月に栃木市は「栃木市文化芸術館・文学館基本構想」を発表し、パブリックコメントの募集を行なった。この基本構想では、文化芸術館を旧栃木市役所建物跡地に新たに建設する。隣接する別館は大正時代の建物景観を活かした文学資料館にする。県庁堀り南の向い側の旧第一小学校は地域交流センターとして活用し、敷地の東側に保育所を建設する。明治5年から明治17年まであった栃木県庁舎。その県庁舎を城郭堀のように囲む県庁堀りは今も史跡として残っている。この史跡県庁堀の景観を活かした建設構想になっているのがうれしく思う。

004  今回の基本構想の文化施設は「文化芸術を親しむ機会の増加と充実、および資料等の調査研究の拠点」として位置づけされている。とちぎの歴史・文化・芸術を、みんなで楽しみ・広め・創る拠点と合言葉として、「わたしが光り みんなで輝く文化の息づくまちづくり」を理念にしている。

  私は、「光り輝く文化の息づくまち栃木」と思うようにしている。

  そして基本構想には5つの役割と6つの機能が明記されている。5つの役割としては、A.市ゆかりの文化歴史資料や芸術作品を収集・保存・活用し受け継ぐ。B.魅力あふれる芸術作品や貴重な文化歴史資料を鑑賞できる多彩な展覧会の実施。C.ふるさとへの愛着と誇りを育む機会の充実。D.市民自らが参加・参画し、活動・交流できる機会の提供。E.歴史や文化芸術により賑わいの創出や交流人口の増加を図る蔵の街の観光拠点を担うことが記されている。これらの役割の担うための6つの機能が追記されている。6つの機能とは、博物館法の定める基本機能である①収集・保存、②調査・研究、③展示、④教育普及機能に、⑤交流、⑥情報の受発信機能の2点を加えている。博物館登録を行ない、調査研究機関を設置していくことなど、これまでにない文化芸術に対する思いを伺うことができる。

009 課題は出来上がった施設の運営面にあると思う。現在の文化施設である文化会館と図書館は指定管理会社によって維持運営されている。維持管理、経費削減が先行され、肝心の企画運営にどれだけ力点が置かれているか疑問がある。

 栃木県下の宇都宮・足利・鹿沼・佐野市においては文化会館・美術館運営については公益法人文化芸術振興団体を設置し、市民等が加わり運営されていると聞く。また文化芸術団体の年間事業報告・計画と決算・予算がネットで一般公開され、誰もが閲覧できるようになっている。

014  指定管理下の文化会館では報告も計画も一部の市民にしか明らかにされていないのが現状である。また、26年公益財団法人うつのみや文化創造財団が行なった宇都宮市文化館での企画事業が38事業、入場者が延べ72,378人に対して、指定管理会社が行なった栃木市文化会館での自主事業が14事業、延べ2,412人の入場者になっており、宇都宮市と大きな開きがある。簡単に比較はできないながらも企画運営への温度差が違うのではないかと思える。

  文化施設は行政の財産ではなく、市民共有の文化施設であることを今一度思い直していく必要があると思える。

  基本構想では施設の運営についてはこれから検討していくこととしているが、市民主体の運営であることを明記する必要がある。そうでなければ、従来から言われる「ハコモノ行政」として市民から「もったいない」「将来に借金を残すな」「介護、社会保障に予算を使え」と言われ、計画がとん挫する危険をも内包している。市当局においては、文化芸術が活き活きした町をつくることや文化活動のもつ意義、役割などを市民に理解を求めていく働きかけがもっと必要でないかと思えてくる。

025  昨年の11月に栃木第三小学校4年生による「子どもたちによる例幣使行列」が栃木市嘉右衛門町の例幣使街道で行なわれた。

 嘉右衛門町は平成24年(2012)7月に国の重要伝統的建造物保存地区に選定され、建造物の修繕保存作業が進められている。今回の市の予算で拠点施設整備費用として2700万円計上されている。歴史資産としての活かす工夫が始まるものと伺える。

  嘉右衛門町に訪れる観光客や一般市民がどのくらいいるのか分からない。しかし、賑わいのない町並みの印象を受けてしまっているのだ。

 歴史資産として嘉右衛門町一帯を活かすには、この一帯をミュージアムにして、保存・調査と展示活動を進めていく施策が必要だと思える。運営主体は前記の文化芸術団体が地域の人を加えて行う。そして中心となるイベント会場を設置し、伝統芸能等の発表を行うなど、多くの来訪者を迎える企画運営が必要であるのではないかと思う。

  少子高齢化・人口減少の時代だからこそ、自ら学び、知識情報を得、人との交流、感動を共有する空間・文化施設が求められている。今回の基本構想に生涯学習センターとしての要素を含めて、魅力あるまちづくりを目指して計画を推し進めていって欲しいと願う。

≪参考資料≫

 「(仮称)栃木市文化芸術館・文学館基本構想素案」(栃木市・栃木市教育委員会/平成28年2月発表)     

                                    《夢野銀次》

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コメント

わたしは栃木市在住の小熊と申します。栃木市に関する歴史事象の詳細な分析調査に、いつもびっくりしています。
さて、西山謙之助は罪人なのか栃木市にかかわる幕末の人物としてのご評価をご教示戴きたいのですがいかがでしょうか。

投稿: 小熊宏始 | 2016年9月25日 (日) 15時58分

小熊さんコメントありがとうございます。出流山事件における薩摩糾合隊の行動については、江戸関東擾乱状態をつくる薩摩藩の挑発策動の一貫として捉えています。栃木図書館にある「中島勝国編、西山謙之助書簡集」を拝読すると、国を救わんとする志を感じます。(書簡集には「錦着山にある石碑の背面文」も記載があります)。ただ、栃木町での陣屋への強請は無謀であったと思います。3年半前の「愿蔵火事」における浪人に対する恨みを栃木町人たちは忘れていなかったということです。いずれにしても薩摩の陰鬱さが浮かびあがってきます。

投稿: 銀次 | 2016年9月26日 (月) 05時47分

早速のコメントありがとうございます。室町駐車場にある西山謙之助の碑を地元の方が自費で修復し手入れをしてくれています。西山謙之助のゆかりの人が訪ねてこられたようで大変感謝されていたそうですが、一部のブログでは
西山謙之助が罪人扱いされて余計な事だと非難されています。確かに3年半前の「愿蔵火事」により栃木町人たちの恨みはわかりますが、正しく歴史を認識した上で論ずるべきだと思います。西山謙之助についてもっと詳しく知りたいと思い生誕の地岐阜県可児市に資料をお願いいたしました。今後もよろしくお願い致します。

投稿: 小熊宏始 | 2016年9月27日 (火) 05時07分

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