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稀勢の里の逆転優勝、テレビで見ました

96958a9e9381969ae0e49ae7858de0e4e2e  君が代斉唱で稀勢の里は眼に大粒の涙をため、赤いタオルでぬぐう。大相撲春場所で負傷を押しての強行出場し、逆転で優勝を飾った新横綱、稀勢の里。決定戦で照ノ富士を小手投げで破った時、思わず「やったあ!」とテレビの前で叫ぶ自分。土俵に座布団は舞うことなく、観客は両手を挙げ「万歳、万歳」と叫んでいるのがテレビから見えた。

 千秋楽、照ノ富士との決戦前にNHKの解説、元横綱・北の富士は「(稀勢の里)無理でしょう。出てきただけ偉い」とコメント。前日の鶴竜戦における左腕に力が入らない不甲斐ない取り組みを見ているだけに、誰もが稀勢の里の敗戦を予想していた。

D_100383161_3 立ち合いで右に動いた稀勢の里。これは立ち合い不成立となり、仕切り直し。次には逆に左に動き、後ずさりながら回りこんで照ノ富士を右から突き落とす。稀勢の里の想定外の勝ちに館内から割れんばかりの拍手が聞こえてきた。「決定戦も行ける」と思えてきた。

 決定戦もあっというまに二本差され、棒立ちで後退した土俵際で「やったことがない」という右からの小手投げに照ノ富士が裏返って土俵下に共に落ちた瞬間、相撲史上に新たな記憶が生まれた。土俵際での力が動いた。この時の瞬間視聴率は33.3%で「笑点」の視聴率を飛ばしてしまっている。
 「これから優勝を続けますよ」と中日の解説で貴ノ花親方は連勝する稀勢の里の連続優勝を予言している。大関時代の辛苦が横綱になり克服したと指摘をしていたのが印象に残っている。

20170326s00005000312000p_thum1_6 君が代を聞きながらもらい泣きをする自分。「相撲にドラマを求めているのかな」と思えてきた。14日目の大関復帰をかけた琴奨菊を変化で勝った照ノ富士に対する怒りがあったから、よけいに「やった!」と感じたのか…。

 しかし、照ノ富士も13日目の鶴竜戦で左膝を悪化させている。稀勢の里の動きに左足はついていけなかった。相撲は勝ち負けの世界だけではない、人間の葛藤を呼び覚ます世界を持っている。

Yjimage10_5  「相撲は単なるスポーツではなく、心と頭のすべてが必要だ。日本に行ってみて、どうして人気があるのかわかった。私は、外交官が日本という国をわからないといったら、相撲を見ろ、という。心技体が一緒になって互いを尊敬しあって始める。戦う前は慎重に、いざ始まると雷のように激しい心になる。日本人は先に人さまのことを考える。それが相撲スピリットだ」と昭和56年のメキシコ巡業の際にメキシコ大統領のロベス・ポレンティーヨから賛辞を受けている(川端要壽著「春日野清隆と昭和大相撲」より)。確かに相撲には、相手を敬い戦うという厳しい精神力が研ぎ澄まされた魂となって表れてくる世界がある。

  制限時間いっぱいの仕切り。立ち会う前。シーンと静まりかえった一瞬の静寂。相撲の世界で一番好きなところだ。何かが起こる。期待感を抱かせるものをもっている。

 Yjimage4_2 春場所、幕下の貴源治が勝ち越をし、十両入りを決めた。19歳の栃木県小山市出身の期待の力士として注目を浴びている。貴ノ花部屋から3人目の関取力士となり、部屋も伸びていくことが予想される。

  父親の先代大関貴ノ花が初優勝したのが三月大阪場所だった。連日、土俵に向かう前に花道奥で「ドスーン、ドスーン」とシコを踏む貴ノ花の姿が思い浮かんできた。ただ残念なのが優勝を決めた千秋楽、北の湖戦を見なかったことだ。当日は新宿末広亭で三平の落語をみて帰路、地下鉄新宿三丁目駅入り口階段前で貴ノ花の優勝を知った。相撲を見なかったのが悔しかった。雨が降っていたことを憶えている。

 

                                  《夢野銀次》

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