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夏野菜の収穫・2018年6月

042_3   この2,3日、梅雨が終わったかのように暑い日が続く。

 今年もジャガイモを収穫しようと我が家の菜園に立つ。雉が水田と用水路の前をゆっくり歩いているのが見えた。「ツー・ツー」と鳴き声が響き渡る。

  雄の雉の前を雌の雉が歩いている。一夫多妻の雉だが、雄は雌の雉の後を歩く。朝の散歩に見えるが、夫婦で仲良く餌取りをしているのかもしれない。

  この近辺、田植えの頃の水田には白鷺の親鳥が雛鳥を引き連れて水田の餌を探している光景が見られる。、間もなく飛び立つ白鷺へと成長していくのだ。

018   「今年はジャガイモいらない。近所の人からたくさんいただき、食べきれないの」と3番目の姉は電話で話していた。毎年送っていたのに残念な気がする。今年の1月に亡くなった義兄は私のジャガイモはうまいと誉めていたのにな…。

  75歳になっても施設の介護の仕事をしている元気な姉。そう言えば義兄は言っていた「子ども3人抱え、女房の元気さが救いだった。倒れたら――俺、やばかったな、子育てなど、どうやっていいかわからなかったもの」、と以前に元気で丈夫な姉のことを褒めていたことが思いだされる。、

 キタアカリ1キロ、メークウイン1キロ、男爵2キロの計4キロの種芋を3月13日に植えた。大きすぎるジャガイモが獲れたが、どこがまずいのか?まだまだ未熟だと感じた。

019_2  暑い日にはスイカを食べる。小玉スイカと黒小玉の2本の苗を植えた。いずれジャガイモの敷地に伸びていくことを想定している。

  初めの頃はメシベとオシベの見分けが出来なかった。しかし、メシベの花が色濃い黄色で怪しげな光沢があることが分かり、今ではメシベの花をまず探す。それが楽しい。メシベを見つけたら、オシベの花弁をメシベの花弁におっつけ自ふんさせる作業をしてく。

  2~3日後にふっくらと膨らみ始めたメシベを見て、「やった」と自画自賛する。これからはカラスの襲撃を想定した網をかぶせ、7月中頃からスイカを食べる。

052   今年はナスとキュウリ、ミニトマトの植える畝の場所を南側から西側の菜園に移動させた。

 結果は活き活きして育ってきている。やはり連作の関係だったんだ。昨年は活きが悪く、実ったナスは少なかった。新しい土壌で3本のナスの苗は育っている。

 秋ナスは8月初めに植えようと思っている。

028 ミニトマトに中玉トマト。すくすくと伸びている。いずれも2本の苗を植えたが、枝分かれして4本の幹が伸びている。夫婦二人暮しのため、多くはいらない。毎日、一つか二つのナスやキュウリがあればいい。

 そうい言えば今年のキュウリは甘い。今まで一番の味をそなえたキュウリである。ミニトマトと中玉トマトはまだ青い。赤みを帯びたトマトに成長していくのが楽しみだな。

032_2  秋に向けてのサツマイモとサトイモの苗が育ち始めている。

  サツマイモは東側の菜園地に初めて植えた。以前の居住者が駐車場にしていたため土壌は硬かった。ニラなど植えてもだめだったこともある。違う場所で肥料をやりすぎてツルボケしたこともあった。この場所ならサツマイモがうまく育つのではないかと思っている。10月の収穫で結果がわかる。

 私の母の実家は農家であり、麻やたばこの葉を栽培出荷していた。先日、図書館で「栃木市史民族編」を読んでいたら「八坂神社」のところで、母の父と祖父の名前が記されているを見つけた。内容は八坂神社史料にみる村人の動向のことだが、何だか歴史書に名前が載っていることに嬉しさが込みあげてきた。佐野市にある古書店から「栃木市史民族編」をネットで購入した。母の実家の祖先のこと調べていこうかなと思ってきている。

029  所沢に居た頃は辺り一面がサトイモ畑だった。時間がくると警告のサイレンが鳴り、サトイモ畑に水が放水される。その量は半端ではなかった。

  この大平町に移ってからも家庭菜園としてのサトイモ作りを7年間続けてきたが、背丈ほど大きなサトイモには成長しない。何故なのか分からないが、土壌の関係だと思っている。

  所沢の畑は1メートル掘ると赤土が出てきた。こっちの土地は石ころが多いことかた川床ではなかったからではないかと思える。農家が田植えでの耕作ではガラガラ石の音が耕運機に絡まって聞こえてくる。

 それのしても農家の作業は朝が早い。日ノ出と共に働く法作業は時計の時間帯とは関係ない。

055_2 体重7.7㎏の雄ネコのポン太。今年の4月で6歳になった。体は大きいが余所の猫がくると我が家の2階へ逃げる。

  「猫は屋内で飼うべきである」よくわかる意見である。動物愛護センターの職員はそれしか言わなかった。他所の家の菜園や花壇を荒らす。猫嫌い住民にとってたまらないことだと想像する。

 …しかし、自由に生きる猫を見るのが好きなんだな。せめて夜間外出はさせないようにしているが、ポン太の弟猫のポン吉は野良猫丸出しで、我が家をえさの場所として育ててしまっている。他の3匹、銀太・ポン太・フトミは我が家の菜園か家の中にいる。今から屋内飼育は難しいが、近所からの苦情を受けた場合はひたすら申し訳ありませんと誤っていくしかないと思っている。

  近辺に猫を飼っている家は多い。10匹以上飼っている家もある。その家は縁先が猫の住居になっている。「この頃、ネズミが少なくなったな」とある席でその話を聞いた。我が家の猫はネズミを獲る。3年前に亡くなった夢野はネズミ獲りが得意でそれをだべていた。動物病院で言われた「猫の身体はねずみに良いのです」と。しかし、11歳の雄ネコの銀太はネズミを食べない。

  これから迎える本格的な暑い夏。なんとか4匹の猫と奥さんと私で乗り越えていきたいと思っている。「名もなく貧しくつつましく」日々を送って行こう。

                                                 《夢野銀次》




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