家庭菜園

春のおとずれ…杏・レンギョウ・ユキヤナギ

P3220018 〽春のなぎさを あなたとゆくの

 砂に足跡 のこしながら

 はじめて私の 家にゆくのよ

 恋人がいつか 出来たら家へ

 つれておいでと 言っていた父

 夢に見てたの 愛する人と

 いつかこの道 通るその日を

 

111 〽お茶をはこんだ 障子の外に

 父とあなたの 笑う声が

 聞こえてきたのよ とても明るく

 幸せなくせに なぜ泣けてくるの

 母のほほえみ 胸にしみたわ

 帰るあなたの 見送る道は

 おぼろ月夜の 春の宵なの

 「春のおとずれ」(唄:小柳ルミ子、作詞:山上路夫、作曲:森田公一)は小柳ルミ子デビュー3年目21歳の時、7枚目のシングルとして昭和48年2月に発売された曲。

 デビュー当時の小柳ルミ子の曲だが、何故かこの「春のおとずれ」は印象に残っていなかった。最近、スマホをいじっていて偶然に聴いた。ほのぼのとした春の情景が目浮かんできて、快い気持ちにさせてくれる歌になっている。

 ……春のおとずれを感じさせてくれる歌だ。

P3220004

 杏の花が今年も咲いた。薄いピンク色した杏の花にはつつましさを感じる。桜の花のようにきらびやかに咲き誇ることなしに、ひっそりと咲いている。

 30数年前に入院した義父の見舞いに行ったことが思い出された。脳梗塞で話すことができなくなった義父はベットから体を起こし、両手で私の手を握りしめた。「娘を頼んだぞ」と義父の眼が語っていた。義母が傍らで穏やかな顔で見つめていたのが記憶に残っている。

 夫婦ケンカした時に何故かその時の光景が思い浮かび、妻と40数年間暮らしてくることができた。父親の愛情を感じる。

 …庭先に咲く杏の花を見ながら春のおとずれをしばし楽しむ。

 P3220010 早春の陽光をあびて黄色く咲いているレンギョウの花。

 薬用として平安時代初期に渡来したといわれているが、定かではない。

漢方医学では「連翹」と呼ばれ、解熱剤、消炎剤など鎮痛薬に用いらているとのこと。

 4月2日は詩人村光太郎の命日で、この日を連翹忌と呼んでいる。高村光太郎が生前好んだ花がレンギョウであり、告別式で棺の上にレンギョウの一枝が置かれていたことに由来するといわれている。

P3230020  レンギョウの半つる性の枝は歪曲して伸び、下に垂れる。地面に接触した枝から根が出て、新しい株が生まれてくる。

 3年前にその新しく芽生えた株を西側に植えた。小さいながら黄色い花が咲いている。まだまだ小ぶりのレンギョウだが来年はもっと大きく育っていることと思える。

P3220013  小さい白い花を一杯に咲かせるユキヤナギ(雪柳)。南側にあるユキヤナギに白い花が咲き誇る。

 中国原産という説もあるが、日本原産である考えられている。

 1.5mほど伸びて白い花を咲かせるユキヤナギには怖いほど迫力を感じてくる。地面の際から枝がいく本にも枝垂れて、細く、ぎざぎざの葉をつけて育っていく。

 花は、雪白の小さなものを枝全体につける。そのさまからユキヤナギという名がついたといわれている。柳のようにしなやかに風にゆれている姿は貫禄さえ感じてくる。

P3220001 東側の端に花壇を作った。

 今まではほっといていた処。雑草に混じってドクダミやヨモギなどが咲き乱れ、草取りが大変だったので整頓をかねての花壇作りでもあった。

 腐葉土と黒土を混ぜ石レンガで囲っただけの完成した花壇。白い百合の花と曼殊沙華を植えていこう。

 わが家の猫どもが匂いを嗅ぎ、ポン太は早速トイレとして使用している。

P3240027  去年の春、電動耕運機を3万幾らでネット購入した。昨年ジャガイモを作った菜園に堆肥と消石灰を散布して、電動耕運機で耕す。

 ――早い。15坪の菜園を1時間30分で耕してしまった。クワ等で耕していたならば一日半はかかる行程だ。

 電動なので、我が家からコードをつないでの操作になっている。そのコードをうまく処理することが少々面倒だが、それでも早く、体が楽である。もっと早く購入しておけばよかったなと思えてきた。

P3220019-1  これから里芋の畝を作り、4月中ごろに里芋の種芋を植える予定。

 新型コロナウイルスの影響で図書館が閉館になっているのが痛い。調べたいことが多々あるが、今しばらくの辛抱だ。

 東京オリンピックも1年延期が決定してきている。小池東京都知事は東京でロックダウン(都市封鎖)など強力な措置を取らざる得ない状況が出てくる可能性があると言明している。本当に感染が終息することができるのか?

それでも季節は巡り、春のおとずれを我が家の菜園で感じていく日々なのだ。

          《夢野銀次》

 

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サツマイモの収穫―栃木市合唱祭を聴く

053  曇りの日が続く10月。

10月20日は朝から快晴。

「よし、今日はサツマイモを獲る」と決める。

 庭先には次郎柿の実が成っている。ここ3日間は毎日次郎柿を食べている。美味しいのだ。毛虫も発生しなかった。しかし、昨年に比べて実が少なくなっている。枝の剪定に間違いがあったのか?

 近所に栃木県の農業試験所に勤めている詳しい人に再度、柿の木の剪定の仕方を聴いていくことにする。

 

037_2 5月に25本の金時苗を植えた。

 肥料は「牛ふん堆肥」と「草木灰」で2列の畝とした。堆肥を底肥料として、草木灰を施して畝作りとして耕した。一番東側の敷地で土は良くない所なので、できるかな?という危惧があった。

 ……出来ている。ホッと胸をなでおろしながら一本づつサツマイモを掘りだしていく。この堀だし作業がおもしろいのだ。24年前、初めてサツマイモ収穫でツルの先からサツマイモが次から次と現れた時、感動した。味は全然美味しくなかったが、「家庭菜園って面白いなあ」と実感したことを思いだす。

049 昨年より見た目の良いサツマイモが獲れている。ザルで5個で約50本の収穫高になる。中には虫に食われているサツマイモもあるが、良しとしよう。

 本来は2~3日間でサツマイモを楽しみながら収穫するが、今年は体調との関係で時間をかける余裕はない。

 今年の9月で70歳という年齢を迎えた。生活の中で自分の体調と向き合う時間の比重が多くなってきている。そのことをしっかりと見つめていきたいと思ってきている。

018 今年のナスは10月20日現在まで実が成り続けている。

 「6月から実が成り続けたのは初めてかな」と思わずつぶやく。菜園の西側に移しての畝づくりが良かっただと思えてくる。

やはり連作は駄目であることを改めて実感した。

042 「なんで苗が大きくならないのか?」と8月から「サトイモ」の畝を見ながらつぶやいてきた。今までこんなことはなかったのに…。

  前の家の家庭菜園を見てみると、サトイモの苗がやはり大きくなっていない。「どうしてでしょうか?」と前の家の奥さんに聞いてみた。「暑かったからなのかしら」という応えが返ってきた。

  熱さ対策として朝と夕方にサトイモに散水をしたのだが、それでも駄目だった。それとも一年置きの同じ敷地で行なっている連作が原因になっての不良なのか? 

サトイモの収穫は11月に入ってから行う予定にする。

002_2 10月8日(月・祝)の午後、栃木市文化会館で開かれた「第34回栃木市合唱祭」に聴きに行ってきた。今年で3回目の鑑賞になる。

  栃木市で活動している17の合唱グループが参加して、2~3曲の合唱を披露する。プログラムにそれぞれ構成員が記されている。その数は410人で、ダブって参加している人を除いたとしても400人が参加しての合唱祭となる。それが34年も継続して開催されていることに驚く。確かに高齢者の女性が多いのが目立つが、楽しく緊張して合唱する姿を見るのは気持ちが良いものだ。

  曲目で多かったのが中島みゆきの曲だ。「時代」「糸」「誕生」「地上の星」「ヘッドライト・テールライト」。やはり優れた音楽家なのかと思えてくる。 

005_2 「曲目選定はそれぞれの合唱団の方にお任せしております。合唱連盟で全体のテーマやモチーフはきめておりません」と窓口の関係者が応えてくれた

  合唱祭最初の曲が「さわやかコーラス」による坂本九最後の曲「心の瞳」。なにより聴きたかった曲で嬉しかった。銀次のブログに記載したテレビドラマ「表参道高校合唱部」で第6話に登場している曲目だったから。さらに「女声コーラスたんぽぽ」による「見上げてごらん夜の星を」も銀次のブログ「名もなく貧しく美しく」で記述した曲目でうれしくなり、身近な合唱曲になった

  今年の曲目全体から、昨年より「柔らかく、優しく」がでており、「かどや突っ張り」がとれた感じを受けた。出演者にも余裕が生まれてきているのかもしれない。合唱するどの曲も優れた曲目であると改めて感じた。

 

                             《夢野銀次》

 

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夏野菜の収穫・2018年6月

042_3   この2,3日、梅雨が終わったかのように暑い日が続く。

 今年もジャガイモを収穫しようと我が家の菜園に立つ。雉が水田と用水路の前をゆっくり歩いているのが見えた。「ツー・ツー」と鳴き声が響き渡る。

  雄の雉の前を雌の雉が歩いている。一夫多妻の雉だが、雄は雌の雉の後を歩く。朝の散歩に見えるが、夫婦で仲良く餌取りをしているのかもしれない。

  この近辺、田植えの頃の水田には白鷺の親鳥が雛鳥を引き連れて水田の餌を探している光景が見られる。、間もなく飛び立つ白鷺へと成長していくのだ。

018  「今年はジャガイモいらない。近所の人からたくさんいただき、食べきれないの」と3番目の姉は電話で話していた。毎年送っていたのに残念な気がする。今年の1月に亡くなった義兄は私のジャガイモはうまいと誉めていたのにな…。

 75歳になっても施設の介護の仕事をしている元気な姉。そう言えば義兄は言っていた「子ども3人抱え、女房の元気さが救いだった。倒れたら――俺、やばかったな、子育てなど、どうやっていいかわからなかったもの」、と以前に元気で丈夫な姉のことを褒めていたことが思いだされる。

 キタアカリ1キロ、メークウイン1キロ、男爵2キロの計4キロの種芋を3月13日に植えた。大きすぎるジャガイモが獲れたが、どこがまずいのか?まだまだ未熟だと感じた。

019_2 暑い日にはスイカを食べる。小玉スイカと黒小玉の2本の苗を植えた。いずれジャガイモの敷地に伸びていくことを想定している。

 初めの頃はメシベとオシベの見分けが出来なかった。しかし、メシベの花が色濃い黄色で怪しげな光沢があることが分かり、今ではメシベの花をまず探す。それが楽しい。メシベを見つけたら、オシベの花弁をメシベの花弁におっつけ自ふんさせる作業をしていく。

  2~3日後にふっくらと膨らみ始めたメシベを見て、「やった」と自画自賛する。これからはカラスの襲撃を想定した網をかぶせ、7月中頃からスイカを食べる。

052   今年はナスとキュウリ、ミニトマトの植える畝の場所を南側から西側の菜園に移動させた。

 結果は活き活きして育ってきている。やはり連作の関係だったんだ。昨年は活きが悪く、実ったナスは少なかった。新しい土壌で3本のナスの苗は育っている。

 秋ナスは8月初めに植えようと思っている。

028 ミニトマトに中玉トマト。すくすくと伸びている。いずれも2本の苗を植えたが、枝分かれして4本の幹が伸びている。夫婦二人暮しのため、多くはいらない。毎日、一つか二つのナスやキュウリがあればいい。

 そうい言えば今年のキュウリは甘い。今まで一番の味をそなえたキュウリである。ミニトマトと中玉トマトはまだ青い。赤みを帯びたトマトに成長していくのが楽しみだな。

032_2  秋に向けてのサツマイモとサトイモの苗が育ち始めている。

  サツマイモは東側の菜園地に初めて植えた。以前の居住者が駐車場にしていたため土壌は硬かった。ニラなど植えてもだめだったこともある。違う場所で肥料をやりすぎてツルボケしたこともあった。この場所ならサツマイモがうまく育つのではないかと思っている。10月の収穫で結果がわかる。

 私の母の実家は農家であり、麻やたばこの葉を栽培出荷していた。先日、図書館で「栃木市史民族編」を読んでいたら「八坂神社」のところで、母の父と祖父の名前が記されているを見つけた。内容は八坂神社史料にみる村人の動向のことだが、何だか歴史書に名前が載っていることに嬉しさが込みあげてきた。佐野市にある古書店から「栃木市史民族編」をネットで購入した。母の実家の祖先のこと調べていこうかなと思ってきている。

029  所沢にいた頃は辺り一面がサトイモ畑だった。時間がくると警告のサイレンが鳴り、サトイモ畑に水が放水される。その量は半端ではなかった

 この大平町に移ってからも家庭菜園としてのサトイモ作りを7年間続けてきたが、背丈ほど大きなサトイモには成長しない。何故なのか分からないが、土壌の関係だと思っている。

  所沢の畑は1メートル掘ると赤土が出てきた。こっちの土地は石ころが多いことかた川床ではなかったからではないかと思える。農家が田植えでの耕作ではガラガラ石の音が耕運機に絡まって聞こえてくる。

 それにしても農家の作業は朝が早い。日ノ出と共に働く法作業は時計の時間帯とは関係ない。

055_2 体重7.7㎏の雄ネコのポン太。今年の4月で6歳になった。体は大きいが余所の猫がくると我が家の2階へ逃げる。

 「猫は屋内で飼うべきである」よくわかる意見である。動物愛護センターの職員はそれしか言わなかった。他所の家の菜園や花壇を荒らす。猫嫌い住民にとってたまらないことだと想像する。

 …しかし、自由に生きる猫を見るのが好きなんだな。せめて夜間外出はさせないようにしているが、ポン太の弟猫のポン吉は野良猫丸出しで、我が家をえさの場所として育ててしまっている。他の3匹、銀太・ポン太・フトミは我が家の菜園か家の中にいる。今から屋内飼育は難しいが、近所からの苦情を受けた場合はひたすら申し訳ありませんと誤っていくしかないと思っている。

 近辺に猫を飼っている家は多い。10匹以上飼っている家もある。その家は縁先が猫の住居になっている。「この頃、ネズミが少なくなったな」とある席でその話を聞いた。我が家の猫はネズミを獲る。3年前に亡くなった夢野はネズミ獲りが得意でそれをだべていた。動物病院で言われた「猫の身体はねずみに良いのです」と。しかし、11歳の雄ネコの銀太はネズミを食べない。

 これから迎える本格的な暑い夏。なんとか4匹の猫と奥さんと私で乗り越えていきたいと思っている。「名もなく貧しくつつましく」日々を送って行こう。

                                          《夢野銀次》




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6月―夏野菜の収穫

075  栃木県のイチゴ販売額が237億5000万円と2位の福岡県153億円を上回り、23年連続日本一となる」との記事が6月7日の読売新聞栃木版に載っていた。

  5月に実った我が家のイチゴ。毎日15個々づづくらいを収穫し、食べました。全部で200個は成ったということだ。

   昨年、ランナーからの苗を30株植えた。しかし、苗は元気がなく、どうしたものか、近所の農家の人に愚痴をこぼした。「水をちゃんとあげてるのか?ほだら、うちの苗あげる」と苗はもらわなかったが、温かい助言を得ていた。

001   しかし、不思議だ。あんなに元気のなかったイチゴの苗が3月に入るとグングン大きく、成長してきた。3月後半には花が咲き始め、5月の収穫へとなった。

―― あきらめず見守って来た甲斐がある。

 「もうイチゴ終わりなの?」。昨年の倍も収穫したイチゴが少ないと嘆く妻。

 今年も、30株の苗をランナーから移植する予定。

082  スーパーで購入した青森産のニンニク。皮をむいて植えたのが去年の11月。

 「今年のニンニクは何か元気がない。失敗かな…」と思っていた。幹が枯れてきた。採ってみよう。――出来ていた。全部で25個ある。しかし、去年より小粒のニンニクだとおもえた。どこがいけなかったのか? 肥料不足なのか?

086  明け方、我が家の菜園で動く私の後ろを追って、猫どもも菜園についてくる。

  ザルノの中で横になるポン太。体重が7.7キロと大きい。午前3時になると私を起しにくる。7.7キロ体重のポン太が私の体の上に乗り、体をこすりつけてくる。横にじっと寝るならいいのだが。重いのだ。

 それでも菜園を走る回るとドスンドスンと地響きがしてくる。

002  6月の後半はジャガイモの収穫時期。

 キタアカリ、メークウイン、男爵と全部で4キロの種イモを植えたの3月10日。キタアカリが先行して成長した。男爵はまだまだ葉が青々している。男爵の収穫は7月に入ってから行うことにした。

  「少ないな…」。キタアカリの株を掘っていて感じた。2~3個しか出来ていない株が多かった。一年置きに植えている場所のせいなのか、連作になっているのか?それとも土壌が悪いのか?2年後はこの場所でのジャガイモ作りを避けてみようと思う。

  明日、2人の姉にジャガイモを送る。今年で21年目になったジャガイモ作り。月日の経つのは早い。

009 5月の連休の時に植えた「ナス」「キュウリ」「トマト」など夏野菜の苗。6月後半になるといずれも実が成りだした。

 菜園をしている向いの家の「ナス」はとても立派に成長している。それに比べ、我が家の「ナス」、何故か貧弱に見えてしまう。「聴いてみたらいいじゃない」と妻は簡単に言う。しかし、何故か聴けない自分がいる。20年やってきたプライドなのか?肥料はきっと培養土かなんかを使っているのかなと勝手に憶測している。

 植えた3本のナス。多くはないが、毎日少しづつ食べていくつもり。

090  今年の4月に10歳となった「銀太」。気の弱い猫だ。所沢からこの地に越してくる車の中でひたすら小便を流していた。

  先住者の特権なのか、後から住み着いたポン太には怒る。仲良くしろと言っても、猫に小判である。

   最近は遠方には行かず、我が家の菜園を中心に動き回る。それよりも食が細いことが気にかかる。菜園に生える草を良く食べる。そのため、我が家は絶対に除草剤を撒かない。

 草むしりが多くなるが、それも家庭菜園の楽しみだ。草むしりをしていると銀太は寄ってくる。草をくれということか。

006  小玉のスイカ、3本の苗を植えた。黒小玉、赤小玉、黄小玉。黒小玉の苗だけ鹿沼に行った際に購入した。元気のいい苗に育っている。

 スーパーでは、黒小玉は他の小玉スイカより値段が高い。それだけ高級なスイカになるのか?

 昨年は赤小玉だけたくさん実り、毎日スイカを食べた記憶がある。今年もスイカを食べて暑い夏を乗り越えていきたい。

013  サトイモの苗が順調に育っている。この1週間、毎朝サトイモにつく虫を捕っている。

 ――虫が多いな…。

 7月に入るとマルチを取り除き、サトイモの土寄せを行なう。

  しかし、この土地ではサトイモの苗は身丈ぐらいの大きさには成長しない。所沢の時にはあれだけ大きく成長したのに。関東ローム層の赤土の力で所沢のサトイモの苗は大きくなっていくのか?

003_3   夕暮れ時。涼しくなった菜園の庭先にある物置の上にポン太は眠る。石を枕にする。近所に住む野良猫のクロを警戒をもしている。

 クロには何回か攻撃を受け、その都度病院に行き、化膿止めの注射を打ってもらっている。背後からのケガ。逃げる時にやられていることになる。7.7キロの体重を活かして、相手を威嚇できないものなかのか。

 「なあ、ポン太、お前はそんなに弱い猫なのか?私の寝床を襲う大きな猫だろうに。我が家の菜園への侵入を許すな。たまには相手をやっつけろ」。

  それでもネズミをしこしこ捕っている。まっ、いいか…。

                                               《夢野銀次》

 

 

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夏野菜の植え付けー平成29年の5月

001_2   3月10日にジャガイモの種芋を植え、2度目の土寄せを行なった。手前から「ダンシャク」「メークイン」「キタアカリ」の3種類、4キロのジャガイモ。間もなく花が咲き始める。

  「ダンシャク」を植えた一番手前の畝は3年前まで駐車場としていた土。昨年はサツマイモをおこなったが、作柄は良くなかった。土壌が悪いからだと思った。そのため、黒土と腐葉土を混ぜて耕作しての畝作りだった。

  土寄せは3回行うことにしている。できたジャガイモは姉達に送る。20年間続けてきた年中行事ということになっている。

002_2_2  左から黄玉、黒玉、赤玉の小玉スイカ。大玉はやらない。夫婦二人暮しには小玉スイカの大きさが丁度良い食べごろなのだ。苗にはビニールで風対策を施している。

  昨年の猛暑は毎日スイカを食べて過ごした。今年は3月にエアコンを購入し、この夏から稼働させる。熱射病対策としてとうとう我が家もエアコンを付けたことになる。熱い夏がもうそこまで来ている。

004  白い花が咲き始めている「絹さや」。

   昨年の12月に「絹さや」の種を植えた。しかし、なかなか苗が育たなかった。3月初めに鹿沼の「セキチュウ」へ堆肥を買いに行った際に「絹さや」の苗、6鉢をついでに購入した。その苗と一緒に種からの「絹さや」が育ち始め、今では種から育った苗と区分けできなくなってきている。鹿沼のセキチュウのそばには二年前に亡くなった兄の家が空き家となって今もある。横浜から娘がたまに家に来ているということだ。

 絹さやの先奥に「ニガウリ」2本の苗を植える。初めての場所だが、伸びた苗が後ろの庭木の葉を駄目にする可能性がある。注意して育てていく。横に伸びていくようにしていく。

005_2 夏野菜の定番、「オクラ」「インゲン」「キュウリ」「ナス」「ピーマン」「シシトウ」「ミニトマト」。オクラの白い花は「妖精」のように不気味さを表して育ってくる。

 今年は網を張ったキュウリ。昨年はうまくできなかったが、今年はどうなのか?

 ナスの実をながーく実らせる方法を10年前、定年退職を控えて、坂戸にある埼玉県立農業大学へ周一回の公開講座に通い、学んだことが思いだされる。

006_2 公開講座の中で前の女性と一緒に土いじりをしていると、幼稚園に通っていたころがダブってきた。何とも不思議な雰囲気を味わい、それが懐かしく幼稚園時代を思い浮かべることができた。

 今年もミニトマトの5段作柄に挑戦する。水はあまりやらない。元々中南米の良くない土壌で生まれたトマト。過保護にはしないで成長させていってみる。

008_2  今まで家の西側の菜園で行なってきたサツマイモ。今年は南側の敷地で初めてやってみることにした。我が家の菜園で一番良い土壌になっている。

  「紅あずま」が20本、「金時」が10本の計30本の苗を植えた。肥料には「草木灰」を元肥として使用する。ふっくらとしたサツマイモを作りたい。

010  毎年、スーパーで買い物していたカボチャ。その種から生まれた苗を植えていた。しかし、今年は苗そのものを購入して植え付けをおこなった。苗を作っていた妻が今年は動画作成で忙しいために、忘れていたのだ。5~6本植えていたカボチャだが、今年は3本。しっかり追肥を忘れずに行なっていく。

 ラズベリーの幹を2年前に大量に削除した。古くなっていたからだ。少なくなったラズベリーの幹。そのため、昨年は実がわずかしかならなかった。妻からガミガミ言われた。今年はしっかり赤い実を成らして欲しいと願っている。

012  4月5日に植え付けした「サトイモ」。いよいよ芽がマルチから現れ始めてきた。昨年は16個と少なかったため、今年は20個の種芋を植えた。自慢できるのは黒いビニールでしわもよらずしっかりと覆っているマルチ。これも埼玉県立農業大学公開講座で教わったやり方でマルチを作っている。ピーンと張ったマルチは気持ちが良い。

005  栃木県大平町の地に来て 7年目を迎える我が家の菜園。住宅土壌のため、当初は硬い土にぶち当たりツルハシで砕いての土壌作りだった。今年は小石からさらに小粒の小石類を取り出しての土壌作りをやってみた。これからも土作りが続いていくと思えるが。 

  …それも良しとする。所沢時代から通算すると20年が経過した家庭菜園。よく続いてきたもんだなと我ながら感心する。まだまだ続けていくことにする。

                       《夢野銀次》

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秋…次郎柿・落花生、サツマイモの収穫

015 朝の日差しを受ける我が家の柿の木。赤みをおびてきた柿の実…。――秋だなあ。

 ~春には 柿の花が咲き

  秋には 柿の実が熟れる

  柿の木坂は 駅まで三里 

  思い出すなァ ふる里のョ 

  乗合バスの 悲しい別れ~

(「柿の木坂の家)昭和32年、歌:青木光一、作詞:石本美由紀、作曲:船村徹)

013_2  我が家の近くの旧道。道幅5mに満たない街道をかつて乗合バスが走っていたという。曲がりくねった旧道を最近は「歩く会」の人々が行き交うようになってきた。「古河街道」「日光裏街道」「部屋河岸通り」とかいうが、栃木市から県道で野木町まで一直線の新道ができている。

 6年前に植えた「次郎柿」。

「大きいですね」と朝のジョギングをしている主婦の方が塀越しから声をかけた。「おかげさまで」何もしなくても柿の木は育った。「まだ早いわよ」という妻の声を無視して、一つ採って食べてみた。

「甘い」――これでよし。

028 去年は「天日干し」に挑戦して、カラスの襲撃にあった「落花生」。

 「去年より甘いわ」とゆで上げた落花生を食べながら妻がつぶやいた。

 収穫した量は去年より少ないと思えたが、実が太い。苗との幅を広くとったのが良かったのかもしれない。

 ゆったりとした、余裕をもっていくことが成長につながる。「あせってはことを仕損じる」といことなのかと分かってきたような気がする。

 

033  「なると金時」と「ベニアズマ」のサツマイモ苗15本づつを植えた。

 菜園の北側、駐車場に近い場所に畝を三列にして植えた。土壌はまだよくない。掘ってみた。

 …できている。まずまずのサツマイモ。

 今年はあまり苗おこしをしなかったが、よかった。

025_2  昨年は三列畝の真ん中がツルボケして実が成らなかった。今年はどうかな…?

 今日は掘らない。もう少し時間をおいて収穫してみることにする。

 カボチャの跡地の菜園にモグラの出入り口、盛土小山が4カ所出来ている。

 ミミズを餌としているモグラ。問題はモグラの通った跡をネズミが来るということだ。以前作った「ペットボトルモグラよけ」をまた作っていくことにする。

023_2 「ギンタァー」と呼ぶと、私のそばにやってくる9歳6か月の雄ネコ「銀太」。

 モグラの出入り口の盛土に近づける。爪でかっぱいた銀太はいきない反転して、我が家の門先の方に走り出した。モグラの反撃のあったのかもしれない。

 ネズミもとるが、どこか気の弱いネコなのだ。

038  「落花生」と「サツマイモ」。収穫したのは3分の1程度。これから10月末日までゆったりと収穫をしていく。

 これから「ニンニク」と「ラッキョ」の植え付けの段取りを考える。「モロヘイヤ、植えてよ」と妻がせかす。忘れていた葉っぱもの。堆肥は所沢時代から「セキチュウ」で購入して使用している。小山店が亡くなり、鹿沼店まで買い出しにいく。何時いくかなあ?

 でも忙しいのだ。週一回の早稲田の公開講座、栃木文化講座、栃木市民大学、古文書研究会、歴史と文化を歩く会等など。

037_2
 「会津に行きたい」と思っている。雪が降る前の11月に。

 先日の歴史小説家、中村彰彦の「下野戊辰戦争に関わった人たち」の講演を聴いて、なおさら「会津に行ってみよう」と思えてきた。

 「気」が熟した時に実行しなければ、素通りしてしまう。ゆったりしていては駄目だと自分を諌める。

 昨日の夕刻、道路を隔てた隣の奥さんのお義母さんから引っ越しの挨拶があった。初めての挨拶でびっくりした。4月に建て直し新築の家に引っ越してきたばかりの奥さんとお義母さん。お付き合いのない人たちだった。いろいろ事情があると思える。日頃から、「こんにちは、こんばんわ』など挨拶をしながら、ご近所の人には心配りをしておくことが肝要だと思える。事情が分からないと疑心暗鬼となり、不信感が募る。「お互いさま」と言える間柄は生活の知恵の言葉だと噛みしめる。 

                         《夢野銀次》  

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ジャガイモの収穫と鍋山石灰工場の見学

021 雨と曇りの日が続く梅雨。「残りのジャガイモ収穫しないとな…」と気持ちが焦ってきている。

 「7月6日は雨が降らない」。明け方からジャガイモの収穫を行なう。男爵はすでに収穫しているため、ほとんどがメークインとなっている。

 今年は男爵の成長が早く、その後にキタアカリ、メークインと続いた。一緒に成長しないのは、なにか理由でもあるのかな…。

 札幌に住む学生時代からの友人からお礼の電話があった。北海道の住民にジャガイモを送るのは失礼だったかもしれないが、「女房はいいジャガイモだと言って、娘の家に持って行った」と嬉しそうに電話で話してくれた。

025_3 もうすぐ梅雨が明ける。

 今年の夏は昨年以上に猛暑になると言われている。

 5月に植えたカボチャ、すくすくと育ってきている。めしべの花におしべでじふんさせる。

 ――めしべの花びらはおしべを待っているように黄色く咲いている。カボチャのじふん。これが面白いのだ。ひそかに猥褻な想像もするのだ。

 それにしても勢いのあるカボチャ。頑丈な実がなるのも頷ける。
027_8 小玉のスイカの苗、3本植えた。めしべにじふんさせようとしても、雨露のため花びらが湿っていてなかなかうまくいかなった。

 曇りの日に自ふんさせていくと実がなってきている。一昨日、一番最初にできていた黒玉の小玉スイカを収穫してみた。

 「まだ早かったわね。あと3日待てば良かったかもしれない」と妻のつぶやきが聞こえた。スーパーでは900円で売っている黒の小玉スイカ。ありがたく賞味した。少し甘味が足りないな…。

 スイカを毎日食べて、猛暑を乗り切っていくつもりだ。

013  畝作りは土起しから始める。その後、堆肥と消石灰を撒き、クワとスキでよく耕す。石灰は酸性土壌をアルカリに代え、水を良く吸収させる貴重な肥料になっている。

 その消石灰や苦土石灰を生産している石灰工場を6月17日に見学することができた。

  栃木市街から西方に鍋山町がある。江戸時代からの石灰の産地として有名である。明治から昭和の中頃まで鍋山からの人車鉄道で石灰を栃木駅まで運んでいた。

  栃木市市民大学の現地学習の一貫としての石灰工場見学。石灰工場を始めて見学する33名の受講生は栃木市鍋山町「田源石灰工業」の工場内に入った。栃木市の企画だからこそ工場内に入ることができたのだと感心する。

010_2  事務所の2階にて工場長から石灰の歴史と現在の状況の説明を受け、敷地内を見学した。「こうした工場見学はあるのですか?」と事務員の方に質問したら、「まったくありません」と答えが返ってきた。一般の見学はほとんどないということか…。「さもありなん」となぜか納得してしまった。

  工場長の説明の中で、「現在の市町村で稼働しているごみ焼却炉にはすべて消石灰が使用されているのです」ということを聴き、驚いた。

  石灰は肥料や埋め立て土壌だけではなく、環境に対して大きな役割を担っていることを始めて知った。石灰工場を見学することにより、石灰が環境と向き合って操業、生産していることが分かり、見直すことができた。これからも貴重な資源になっていくことに確信を持つことができた。しかし、この地では水がでないという。飲料水などの確保が大変であるとも聞いた。

035  暑い夏から秋に向けてサツマイモとサトイモが育ち始めている。紅あずま15本、金時15本の計30本の苗を5月6日に植えた。一本の苗が駄目になったが、他は順調に茎を伸ばし始めている。

  昨年は3列の真中の畝に植えたサツマイモ、実が成らなかった。肥料のやり過ぎなのか?水はけが悪かったのか?

 3列の畝の幅を広くして作ってみた。どうだろうか?

036_2  知人から戴いた22個のヤツガシラの種イモ。残念ながら芽がでた種イモは6個だけだった。それでも、初めて挑戦してみるヤツガシラ。

 先日、虫がついて葉が枯れてしまっていた。虫を除去するとすぐに新しい葉が出てきた。毎朝、虫がいるかどうか点検をしていく。

  里芋の種イモ15個は順調に芽をだし、育ってきている。カインズホームにあるJAの野菜売り場にて購入した里芋の種イモ。ふっくらとした種イモだった。「いい種イモだ」と思わず手にとった。

  ここ2,3日、モグラの跡がサツマイモとサトイモの畝の近くに見える。ペットボトルでモグラよけを作らなければと思ってきている。我が家の猫どもよ、モグラとネズミ退治を頼むぞ。

                        《夢野銀次》

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玉ねぎとニンニクの収穫

018 2月にホームセンターで玉ねぎの苗を購入して植えた。3月には玉ねぎの隣の畝に玉ねぎの種を蒔いた。

 玉ねぎ栽培は初めての挑戦だ。

 苗からの玉ねぎが早く成長した。

 収穫をした。保存は?

 ネットで検索すると「収穫した玉ねぎは、3~4日干して、乾かしてから風通しの良い所で、吊るすか、籠にいれて保存する」と記されていた。

 籠をスーパーの「とりせん」で324円で購入して、猫が眠る物置に於いて置く。 

023 玉ねぎの生産は北海道が日本全体の5割を占めているという。やはり北海道なのかと感心する。

 玉ねぎを使った食べ物では、カレーライス、肉じゃが、かつ丼等思い浮かべるほど、なくてはならない野菜だ。

 包丁で玉ねぎを切ると涙が出てくる時がある。揮発性のガスなのだが、涙のでない玉ねぎも開発が進められていると云われている。

 かつて現役時代、遅くなっての帰宅は寒い時期はつらいものがあった。西武新宿線、高田馬場駅改札口付近にあった売店で「オニオンスープ」を呑んで体を温めた。温かったな。

001_2  昨年の11月にスーパーでニンニク2個を購入して、皮をむいて植えた。

 今年のニンニクは茎が細く大きくならなかった。「失敗したのかな」と思いつつ、掘ってみた。

 「――出来ている」と実感する。全部で27個のニンニクだ。ざるに干して、すぐに皮をむいた。白いニンニクが現れた。「やれやれだな」と一人つぶやく。

ニンニクは薬として8世紀ころに日本に入ってきた。しかし、禅寺ではニンニクは精力旺盛となることから持ち込み禁止となっている。古い禅宗山門には「不許葷酒入山門」(くんしゅ さんもんに いるを ゆるさず)という石柱が建っている。

007 くさいにおいのするニンニクやニラなどの野菜と酒は修行の妨げになるから、寺には持ち込むなという意味。ニンニクは精力がついて心を乱すからだと言う。

 しかし、実際はお寺でニンニクは食べていたと云われている。

 ニンニクは仏教の修行方法の六種の波羅蜜、布施(ふせ)・持戒(じかい)・忍辱(にんにく)・精進(しょうじん)・禅定(ふせ)・智慧(ちえ)の中の忍辱が語源になっているという。

忍辱とはもろもろの迫害を忍受しうらまないこと、忍耐ということだと辞典には記されている。

003_3  「ホーホケキョ」とウグイスが鳴く。5月の初めの早朝に栃木市大平町にある「大中寺」に参拝してきた。

 杉木立の参道の奥に山門がある。

 その右横には「不許葷酒入山門」と記されてある石柱が建っていた。 

 誰もいない大中寺の境内に「ホーホケキョ」と鳴り響くウグイスの鳴き声は静寂感を募らせてきた。
011_2 9歳になった銀太。最近食欲がないのでマタタビをあげた。少し元気が出てきた。

 明け方、私の枕元にきて、指をかむ。「早く起きろ」と言うのだ。餌はあるのだが、2階の部屋から一緒に一階におりたいのだ。

 寝るときも枕元にやってくる。撫でてやる。おかげて本が読みづらくなってきている。

 

           《夢野銀次》

 

 

 

 

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夏野菜の植え付けが終わりました

053  「ジャガイモ、よくできてんなあ」と近くの婆さまからお褒めの言葉をいただいた。「深堀から作っているんかい。うちのジャガイモ、青いのが多いのは、そのせいかな」と畑を見ながらつぶやいて行った。

   この辺りの人達のジャガイモ作りは、畝に最初から種イモを植えている。私の場合は深堀からジャガイモの成長に合わせて、土寄せを行ない畝を作ってく。地域によって作り方が違うのだ。

  3月13日に植えたジャガイモ、男爵・キタアカリ、メークインの4キロ。昨年は5キロ植えたが、今年は少ない。しかし、植え付けの時、どんぴしゃり余りなく植え付けすることができた。今年はいいぞと確信する。

 ジャガイモに花が咲き始めた。

054_2  野菜の定番はやっぱり「ナス」だ。それに、ピーマン、シシトウ、オクラ、インゲンと家庭菜園を始めてから20年間、ずーとつくり続けてきた。

 土おこし、畝作りと畑を耕作する。土おこしをした畑の土壌はふっくらとして温かみを帯びてくる。収穫する喜びより、土を蘇えらせる時が、やったという感じで一番うれしいひと時でもある。

   秋まで実り続けさせるナス。どこまでも高く伸びさせるオクラ。8月にむけての作業が始まった。

060   スーパーで購入したカボチャ。その種から苗を妻は毎年さかせている。その前に私はホームセンターで2本のカボチャの苗を購入して植え付けをした。

  妻が作るカボチャの苗は後から3本植える予定にしている。

  昨年はホームセンターで購入した苗はしぼんでしまい、妻が咲かせた苗でカボチャの実を成らせた。

 今年は、どっちの苗が育つか?畝の後ろに風よけのビニールをはる。いくらか違うと思えるからだ。

058 5月5日頃から花が咲き出した絹さや。

種を植えたのが2月中旬。…やはり遅かった。1月初めに種を植えないと4月中に花は咲かない。花が咲く前に絹さやの枝はしおれていっていまう。

   「なんだかさらし首みたいだな」と見えてくる小玉スイカの畝。苗を保護するポリは5年以上前に購入し、毎年使っている。この保護ポリがないと苗は根付かない。そろそろ買い替えしないといけないと思いつつ、今年もこのポリ保護を使っている。

   小玉スイカ3本の苗は左から赤玉、黒玉、黄玉と並べた。猛暑の8月は、昨年と同じ様に小玉スイカを毎日食べて過ごしていきたい。

066   この場所でゴーヤを作るのは初めてとなる。昨年は駐車場を背にして南向きに、1本の苗で作った。今年は、我が家を背に西向きの畝に2本のゴーヤの苗を植えた。

  ゴーヤの蔓は広く伸び続ける。横に伸びるとして、左右に網を張った。ゴーヤの左は玉ねぎ、右側がニンニク。

  網は邪魔しないように張った。右側のニンニクが元気がないのが気にかかる。どうしてなのか?

  妻のプランターから芽がでた玉ねぎ。畝に移し替えた。ようやく育ち始めた。

 

069  さつまいも——紅あずまと金時の20本の苗。20本と少ないかなと思えるが、昨年蔓ボケして真中の畝からは実が成らなかった。肥料のやり過ぎなのか、水はけが悪かったのか?今だに分からない。

  今年は、草木灰と堆肥だけとして化成肥料は施していない。荒地でも育つサツマイモ。その生命力を見て行きたい。

  知人から八つ頭の種イモを戴いた。里芋と一緒に4月15日に植え付けをした。里芋はマルチを膨らませ、芽が出始めている。しかし、八つ頭の方は今だ反応はない。八つ頭の方が、芽が出るのが遅いのだと勝手に思い込んでいる。

085  4歳になったポン太。体重が7.5キロ。「大きいネコを好む人がいますよ」と動物病院の先生が笑いながらワクチンをうってくれた。

  母猫は野良猫。ポン太と弟のポン吉をつれて我が家に餌を求めてきていた。ポン太兄弟を我が家に入れて飼い始めた。母猫はいつの間にか姿を消してしまった。

  大きい猫のせいなのかポン太は鷹揚としている。大物を発揮し、喧嘩は強いのかと思っていたら、3月に左腹に噛み傷があった。喧嘩でやられたなと思い、動物病院で化膿止め注射をうってもらった。昨年の秋には弟のポン吉もやられている。近くの農家の人は「何匹がいるんか分かんねえ」と言うほど、猫を飼っている家は周辺に多い。

   実りを迎えた麦畑。荒らしてはいけませんよポン太と言うが、どこふく風かという顔で私を眺めている。

                         《夢野銀次》

 

 

 

 

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春を感じる―杏・ユキヤナギ・レンギョウと作新学院の江川投手

053   杏の花言葉は「乙女のはにかみ」と言う。サクラより一足早く、はにかむように咲くことに由来するからだという。

 サクラのつぼみが大きくなっている。その前に桃色したアンズの花が咲いた。近くの農家の婆さまが「何の花だい?桃の木かい?」と声をかけてきた。「これがアンズの花かい。綺麗だやな」とつぶやいて行った。

 春3月。三寒四温。季節の変わり目。それでも日ごとに陽射しが暖かくなってきている。杏の花もしっかり咲いてきている。

058  小さい白い花を咲かせる「ユキヤナギ」。年々枝は大きく成長していく。

 雪色の白い花が枝全体に咲き誇る。その枝振りには誇りを表わし、力強さを感じてくる。

 黄色の花が咲き始めたレンギョウ。

 枝を埋め尽くすように咲く庭木だ。これからもっと咲いてくる。

045  「大阪の春は大相撲と選抜高校野から始まる」と言われている春3月。

   昭和48年(1973)、3月の甲子園球場。

 怪物と言われた作新学院高校の江川卓投手が初めて登場した選抜高校野球大会。私はテレビで対大阪の北陽高校との一戦を見ていた。

Yjimage2_6 ゆったりしたフォームから投げ下ろす投球。早い。奪った三振が19。バットに当たらない。ファールでもどよめくスタンド。凄い。評判通りのピッチャーだとその時実感した。そして郷里の栃木県を思い浮かべた。

  その年の9月に25歳を迎える私は何もしない日々を送っていた。前の年の10月に芝居公演がとん挫した。そのしがらみを引きずっての怠惰な生活であった。

 何人かの学友がアルバイトを紹介してくれて、日々食いつないでいた。

 甲子園で投げる江川の投球を見ながら、「このままじゃいけない。けじめをつけて働かないといけない」と思った。幸い5月に友人が紹介してくれた団体に職員として採用され、社会人としての生活を始めることができた。以後定年退職まで団体職員として36年間勤め上げた。「まず、めしを食べる」ということから生活が始まり、現在の「生涯学習」としての日々を迎えることができている。

Yjimage5 「父ちゃんが西川田へ江川を観に行ったヨ」と電話口で母が私に話してくれた。東武宇都宮線西川田駅から栃木県営球場まで年寄には長い距離でもある。「休み休み行ったんだと」と暑い炎天下、父は栃木県高校野球の県大会の試合で投げる江川を観に行った。老いて、何もしなくなった親父を駆り立ててくれた江川。何故かうれしくなり、作新学院の江川投手に感謝したことを憶えている。

  職場が大泉学園の時、私は池袋駅経由で後楽園球場に江川が投げる試合をよく観に行った。「江川が投げる日には残業をしない」と周りからも揶揄されもした。
  あの3月の選抜高校野球で投げる作新学院の江川。43年前の甲子園で投げる江川投手の姿が、私の人生の分岐点の一つであったと思っている。

037_3   青い空に桃色した杏の花が咲きほこる。

 昨年はたくさんの枝をきったため、花はあまり咲かなかった。今年は咲いた。

 ――風が吹けば花は散る。

 6月には杏の実が成る。

 しかし、鳥が止まり、口ばしで花びらをつついている。虫を捕っているのか、花びらが散っていってしまうのだ。

 それでも杏の実はなっていくと確信している。

 

                         《夢野銀次》

 

 

 

 

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