家庭菜園と日々のくらし

令和3年の秋―我が家の菜園でイモ堀りに励む

100_0327 令和3年の10月30日。抜けるような秋の青空。「イモを掘るぞ」と己を鼓吹してサツマイモの畝に向かう。

 茎をハサミで切り、シャベルで回りを掘り始める。

 出てきた紅あずま。

 傷をつけずに土を払い、「ヨイショ」とサツマイモ株を抜きとる。

100_0325   …できている。あまり大きすぎなく、形のよいサツマイだ。後は味はどうなのか?

 去年のサツマイモは塊になっていたのがあったが、今年はない。

 紅あずま30本、畝2列で植えた。植える前に苗を3日間水に浸していた。それが良かったのか、苗はしっかりと根付いてくれた。

 もう一つ畝のサツマイモは11月の第2週に収穫していく

100_0332  9本の種イモを植えた「サトイモ」。それに妻が生ごみとして鉢植えに棄て芽がでてきたサトイモの苗。合わせて10本が成っている畝。

 スコップを使い4株のサトイモを掘り出す。

 …出来ている。しかし、小さい。

 泥を払い、親イモと子イモをばらしながら、孫イモがあまりできていない。やはり早かったのかな…?

 残り6本は11月後半に3本堀り、後は正月雑煮用に掘り出す予定。

100_0337  収穫したサツマイモとサトイモを秋の日差しの下に干す。

 ジャガイモは日陰干しだが、サツマイモとサトイモは陽に干して乾かす。

 カビが生えるから。…いいのかな?

 当分は、サツマイモとサトイモを毎日食べていくことになる。

100_0329  ポン太のおでこにできた傷、動物病院でレントゲン撮影をしてもらった。 

 心配した腫瘍でなく切り傷だった。後日、銀太がポン太のおでこに猫パンチをしているの見る。

 …これだな。銀太の爪がポン太のおでこに食い込んで傷になったのだと分かる。

 病院で体重を計ったら8.15キロになっていたポン太。来年4月には10歳となるが、糖尿を注意していく必要がある。

100_0339  縁側の前の花壇を妻が使用することになった。そのため、昨年のチューリップの50個をどこに植えるかと考えた。

 駐車場の南側に60cm幅の花壇を作った。石と硬い土壌でできている駐車場を掘り起こす作業は3日間かかった。

 作りながら、花を植えるのもがいいが、庭木を植えれば、菜園との区切りになるなと思えてきた。

 今年は、チューリップを植えるとするが、来年はまた考えていくことにする。

                      《夢野銀次》

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 令和3年10月―柿・我が家の猫・堂場舜一著「チェンジ」

100_0269  今年の10月も暑い日続いている。昨日(7日)は幾分涼しかったが、今日も30度近く暑い。地球温暖化というよりシナリオ作家の倉本聰が言うように「地球熱帯化」が進んでいるような気がする。

 ……今年も我が家の次郎柿に実がなった。去年より少しだけ多めに実が成っている。しかし、一昨年のように食べきれないほど柿の実はなっていないし、元気が感じられない。

 どうしてなのか?前々から気に病んでいた。

100_0287  夏樹静子の「検事霞夕子」を読んでいると、北海道釧路地検・帯広支部の庁舎から検事霞夕子が、「自宅(東京)の寺の庫裡の裏に一本ある柿の木がたわわに実をつけて、西陽に輝いているありさまが、キーボードを叩いている夕子の目に浮かぶ。小ぶりな実だがなかなか甘く、でも土の養分のせいでか一年おきにしか実らない。今年は収穫の年に当たっていたのだ」と、婿養子の住職の夫吉達から届いた柿と手紙に思いをよせる描写がでてきた。

 柿は一年おきに実をなすのか?この文章を読んで、一年置きに柿の木がたくさん実るのは我が家だけではないことを知り、少し安心した。

 元々、我が家の土地の土壌は良くないと思っている。菜園を耕すたびに小石を拾って10年過ごしてきた。それでも今年は柿の木や杏の木に肥料養分を与えて果実の収穫をしていきたいと思っている。

100_0277  5月の連休の時に植えた茄子。7月、8月とあまり実が成らず,お仕舞いにしようと思っていたら9月半ばを過ぎてから茄子に花が咲き始め実が成って来た。20cm下に元肥を施していたが、茄子の根が肥料成分を吸収しだして、それで実が成り始めたのか?

 去年も同じく9月半ば過ぎからたくさんの実が成りだしている。解らない。以前は7月、8月と毎日茄子を食べたような気がするのだが……?

100_0283  14歳半と高齢の猫になっている「銀太」。

 最近、夜中に唸るような泣き方をするようになった。動物病院の先生は「昼間寝ていて夜中にそういう泣き方をするならば認知症かもしれない」と仰ってくださった。

 ネットで検索すると「10歳以上の高齢猫は、聴力や視力が急激に老化したことによる不安感から、夜泣きをしてしまいがちです。特に認知症や痴呆症にかかっている猫は夜泣きをしやすく、その声は大きく唸るように響き渡るので、近所迷惑になることも。もし愛猫が深夜に一点を見つめながら泣き続けるときには、認知症や痴呆症の疑いがあります。早めに動物病院を受診するようにしましょう」と記載されていた。

 高齢の猫は認知症になること。それも目や耳の衰えから不安になり唸るような泣きをすることを初めて知った。今まで飼っていた猫のほとんどは9歳以下で亡くなっていたから高齢の猫については無知だった。幸い我が家と隣近所とは家屋が離れており夜中に泣いても近所迷惑にはならないということで気持ちは楽でもある。

 夜中に泣いている時は優しく抱き寄せて添い寝をする。薬で治療するか、獣医と相談していくことにする。加齢は私たち夫婦だけではないということなのだ。

100_0286  9歳半の雄猫の「ポンタ」は体重7.85キロと大きい猫だ。

 2か月前におでこから膿が出ていたので動物病院で診てもらった。切り傷だろうという診たてで化膿止め注射を打った。しかし、その後も膿が出る。昨日、動物病院で診てもらったが、切り傷ではなく、おでこの下が空洞になっていることが解った。口内炎からくるがん細胞が炎症をおこして鼻を伝わりおでこに感染している可能性がでてきたのかもしれない。しかし、はっきりとはまだ分からないと動物病院の先生は言った。とりあえず2週間効く化膿止め注射を打ち、2週間後再度化膿止め注射を打ち、がん検査依頼を行い治療を施していくということにした。

 私が膀胱がん,食道がん、下咽頭がんで経過観察中であるが、我が家の猫は歴代9歳の壁にぶち当たってきた。これを乗り越えてほしいと願う私だが、ポン太については成り行きにまかせて動物病院通いをしていくつもりでいる。

Photo_20211008162201  警察小説を数多く書いている堂場舜一の作品の中で、犯罪被害者の支援にあたる「警視庁犯罪被害者支援」のシリーズとして8作目が講談社文庫書下ろし文庫本として2021年8月に「チェンジ」という題名で発刊されている文庫本を読んだ。

 この小説の中で私が住んでいる栃木市がでてくるので一味違っておもしろく読んだ。自分が住んでいる栃木市の街並みをプロの作家がどういう風に描写しているのか、興味をもって読んだ。

 主人公の警視庁被害者支援課の村野秋生が病欠してる捜査二課の八島勝が実家にいる栃木市を尋ね,訊き

Pa2100511  「栃木県栃木市。JRと東武線が乗り入れるこの駅に、村野は昼過ぎに降り立った。栃木市は、市街地に古い蔵が多くあり、それが観光資源にもなっているようだ。駅の北口を出ると、高い建物はあまりなく、広々と空が開けている」。

 駅前の風景は確かにこの通りだ。つづいて八島を話し合う場所の巴波川沿いが次のように記されている。

Pc2500911  「古めかしいデザインの橋を渡ると、その先は遊歩道のようになっている。石畳の道路で、川沿いには柳の木と小さな灯籠。細い川を、遊覧船がゆっくり行くのが見える。こういう川が流れる街は風情があるものだ、と村野は感心した。一方で、急にリアリティのない世界に入りこんでしまった戸惑いを感じる。観光地というのはこういうものだろうが……川の反対側には普通に商店が立ち並んでいて、観光客らしき人たちがゆっくりと歩いている。しかし,『賑わっている』ほどの人出ではないので、川の方を向いて話していれば目立たなく、誰にも話しを聞かれないはずだ」。

 「幸来橋」から巴波川沿いの描写になっているが、風情ある街だとしながら賑わっていないと記すなど、堂場舜一は今の栃木の街を見つめて感覚的に描写をしている。さすがの眼力だと感心をした。

100_0281  10月中頃から11月にかけて「サツマイモ」と「サトイモ」の収穫を行う。

 あわせて、下咽頭がんのスコープでの検査と内視鏡による食道がんの検査が控えている。

 先月の9月17日に膀胱がんの3回目の再発で内視鏡による手術を受け、一週間入院した。その時、病室で「美空ひばりの第15回広島平和音楽祭」をYouTubeで観て感激した。退院後に「銀次のブログ」に「第15回広島平和音楽祭の美空ひばりのステージ」を描いた。一度ブログに描きたかった人だったのだ。

 9月1日に73歳を迎えた。歴史散策と現地学習、家庭菜園、栃木での日々のくらしを「銀次のブログ」に描きながらがんとむきあって生きていくつもりでいる。

                   《夢野銀次》

≪引用書籍本≫

夏樹静子著「検事霞夕子 風極の岬」(2004年4月新潮社発行)/堂場瞬一著「警視庁犯罪被害者支援課8 チェンジ」(2021年8月講談社文庫発行)

 

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21年6月後半―ジャガイモの収穫

100_0219  3月11日に種芋を植えたジャガイモ。今年は成長が早い。6月21日からジャガイモの収穫を始めた。

 「ジャガイモの植え付けは少なくして下さい」と昨年妻から言われていた。しかし、例年通り4キロのジャガイモを植えてしまった。

 梅雨時のジャガイモ収穫はお天気とにらめっこをしている。

 「本日は晴れ、ヨシャ」。

その日を逃さずジャガイモ堀りを始める。一株づつ手で掘る。

100_0238 「陽にあてたらいかん!」とずーと以前に亡くなった近所の婆様から助言通り我が家の北側の軒先にて日陰干しをする。

  年齢を考えて、来年からジャガイモの植え付けは少なくするつもりだ。北海道の施設に入っている学生時代の学友には「今年で最後のジャガイモだよ」と添え書きをして送る予定。

 少し寂しいけどな…。

100_0225  マルチをしないためか、以前よりサトイモの発芽が遅かった。

 5月下旬に8本の種芋から芽がでた。どうしても一本の種芋からは芽が出てこなかった。掘り返したら腐っていた。

 鉢植えに昨年のサトイモの生ごみから芽がでていた。その苗を植えて9本がそろった。

 ようやく一回目の土寄せを行った。やはりマルチはした方がいいのかもしれないと思えてきた。

100_0231  4月に植えた「キュウリ」「ナス」などからも実がなってきた。

 ジャガイモは8月まで朝食のメインとなる。キュウリとナスも同じく毎日食べていくことになる。

 「責任をとってちゃんと食べていってくださいな」と今年も妻から言われるということだ。

 収穫したジャガイモ、ふんわりと品格が出てきたような気がする。10年間の耕作により土壌の質が良くなってきていると感じる。

 Title7521 このところ、向田邦子作、久世光彦演出の「寺内貫太郎一家」をYouTubeで第一話から観始めている。

 …面白い。昭和49年(1974)の放送開始から高視聴率をあげていたテレビドラマ。その年の第7回テレビ大賞受賞作品になっていることを知る。

 私はまったくこのテレビドラマを観ていなかった。就職したばかりでテレビドラマを観る余裕がとてもなかったからだ。そのため新鮮なドラマとして観ることができている。

100_0233  久世光彦は自著「触れもせで―向田邦子との二十年」の中で、「私は『寺内貫太郎一家』という題名が、自分の手がけたドラマのうちでいちばん好きである。媚びたところがなく、歯切れがいい。堂々と胸を張っているようで、ついでにお腹まで突き出してしまったような滑稽さがある。太った父親を中心に、家族がピラミッドの形に身を寄せ合っている姿が見えるようである」と記し、向田邦子のつけた「寺内貫太郎一家」のタイトルの素晴らしさを絶賛している。

100_0221  放送開始にあたり、墓石の石屋、足の不自由な長女、父親が主人公、ということで局との軋轢があったといわれているが、何がこの作品を面白くさせているのか?

  まだまだ観始めたばかりの「寺内貫太郎一家」、時間をかけてみていくことにしている。

100_0227  イチゴの収穫が終わり、ランナーを新たな畝に移し換えた。

「また来年も実が成ってね」とつぶやきながら作業をすすめた。

 サツマイモの苗も無事根付いて茎が伸び始めている。

 梅雨明けはまだまだだが、しっかりと我が家の菜園を見守っていきたい。

                      《夢野銀次》

 

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21年6月……ニンニクの収穫と冊子「銀次のブログ」

100_0150   6月の半ばを過ぎ、本格的な梅雨の季節を迎えた。そんな晴れた日、ニンニクの収穫を行った。

 昨年の11月にスーパーで購入したニンニク2個を一粒ごとに分けて植えた。

 ニンニク18株を抜いた。

……ヨッシャ!出来ている。やれやれ。去年より実が太いと感じる。半年以上かけてのニンニク栽培。普段は周りの草を採るだけの栽培だが、時間がかかる。

 黒ニンニクはガンの免疫体を作るといわれ、2年前の5月にガン入院から退院してから黒ニンニクを毎朝食べている。

ガンは再発する病として治癒はないと思っている。免疫力を作ることと早期発見を目指している。

100_0159  収穫したニンニクはしばらく陰干しをして乾いたら泥を取り払い、皮をむき保存用のネットに入れて窓際につるして完了。

 チューリップの球根もネットに入れて今年の11月に植える。2年前に花壇にチューリップを植えたくなってホームセンターで10個入りの球根を植えた。

 今年の球根は50個になってしまっている。11月にこの球根をどこに植えたらいいいか、今から考えていかないといけない。

100_0154  毎年、カボチャを栽培しているが、大きいカボチャは料理に困ると妻が言うので、今年はミニカボチャの苗をホームセンターで一つ購入して植えた。

 あとの2本はスーパーで購入して料理して食べたカボチャの種を苗として育てたのを植えた。

 さすがに6月中ごろになると苗は大きく伸びてきて黄色い花が咲き始めて力強さがでてきた。

100_0152  しかし、メシベの花がなかなか咲かないのだ…。

 ようやくメシベの花を見つけ、オシベを採りメシベに自粉する。

これが実に猥褻で面白いのだ。この面白さのためにカボチャ栽培をしているともいえる。

 ミニカボチャ、実がなり始めた。6月末には収穫できると期待している。

100_0215  ある記念館の女性のご主人に取材をかねて2度ほど記念館でお話をした。

 次の日いきなり電話がかかってきて、「あなた本を出しているのね。市役所の人がおしゃっていました。なんで2回目の時に本を持ってこないのよ」怒られた。

 「研究書ではありません。銀次のブログを冊子にしたものですよ」と応えたが、本を出すということは相手からすると私への警戒と尊敬とかが混じり合い、いろいろな考えが湧き起きて感情になって現れたのかもしれないと後から思ってきた。

 10年の間、銀次のブログを描き続けてきた。インターネットで見ることの出来ない友人や知人向けにある一定時期にまとめて冊子にして自家発行してきた。ガンで入院する直前の2018年9月に第3巻まで発行している。

 今年の9月には「銀次のブログⅣ」を発行するつもりでいる。たとえ冊子といえども本にして残すことは大きな責任を感じて発行してきた。間違いも、誤解もある箇所が多々あるが、発行することにより記事への責任が増してきたように感じている。

 私は歴史研究者ではない。歴史ある場所に立ち、そこに流れている歴史を探りたく参考文献などから学習をし「銀次のブログ」としてネットに表している。現地での歴史の匂いなどの体感を何よりも大事にしている。いわば現地学習をしていくという生涯学習を目指しての生活を送りたいからである。

100_0157  「石の上にも三年」ということがある。62歳の時から「銀次のブログ」を描き始めて満で10年たった。そのせいなのか、最近では「銀次のブログ」の中の「建築道具館―神輿職人・赤穂新太郎の道具展示」と「栃商百年誌を読んで」の記事から別の紙面に掲載されるようになってきた。

 赤穂新太郎氏の道具展示をしている「全日本建築士会」の会報「住と建築」に昨年の11月号から4月号まで5回に分けて「銀次のブログ」記載の記事が掲載された。さらに「栃商百年誌を読んで」の記事がきっかけで「栃商同窓会報誌」にある同窓会役員から寄稿依頼があり、「校歌に込められた思い」というタイトルで今年の6月の「栃商同窓会誌報」に、ともに夢野銀次ではなく、本名の柏倉正の名前での掲載になっている。

 「銀次のブログ」もどうやら地域の人から認知されてきたような気がしてきた。しっかりと己の感性と体感を大事に「銀次のブログ」を描き続くけていきたいと思っている。

 100_0167 「ポン太」が日陰で寝ている。

 9歳になっている。体重が7キロと大きい猫なのだが、喧嘩は弱いのだ。それと雷を怖がり、その気配があるとノソノソと台所とか暗い所に隠れるように逃げ込んでいく。

 朝の4時。私の枕もと来て、「ニヤーオン」と泣き、早く起きろと急き立てる。冊子「銀次のブログ」、早く4巻発行の準備をしろと急き立てているようだ。

 楽しみながら「銀次のブログ」の発行準備をしていくとポン太に話しておいた。

                     《夢野銀次》

 

 

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21年5月ー夏野菜の植え付け

100_0072  5月の連休前に植え付けを行なった夏野菜の苗、苗。

 3月11日に植え付けした「男爵」や「メークイン」から花が咲き始めてきている。

今年のジャガイモの畝はいつもの東西ではなく、南北の長い畝で植え付けを行なってみた。

 「農家が植え付けしているジャガモの畝のようだな」と迫力あるジャガイモの株を観て一人悦に入る。一昨年入院中に妻に間引きを頼んだら、それぞれの株の間引きではなく、その列の畝の間引きと思い、かなりの株が間引きされた苦い経験が思い出されてくる。

100_0082   イチゴに実がなりランナーが出始めてきている。

収穫は妻に任せている。「甘いわね」とイチゴを食べ乍ら妻がつぶやく。

イチゴの形がスーパーで売っている形の良いイチゴになっている。これぞイチゴ哉。

「ようやくイチゴがつくれるようになったな」

100_0032  15年くらい前に初めてイチゴを栽培し、収穫したイチゴを職場に持っていった時のことが思い出されてくる。

  職場の同僚たちはまず、「へえー」と言って苺を一口食べる。しかしその後は無言…。

その時、随分と余ったイチゴを私はただ眺めていた。

今の苺なら全部食べてくれるだろうなと思いを馳せる。

100_0030 苺の手前の畝には「小玉スイカ」の苗3本を植える。

 赤玉、黒玉、黄玉の3種類の小玉の苗。風よけカバーをかぶせる。すぐに小玉の苗は成長する。

 2年前の咽頭がんを患って以来この「小玉スイカ」はうまいのだ。 昨年は菜園で収穫した小玉スイカが少なく、スーパーで常時購入し、毎日食べた。今年は多くの収穫を狙っていく。

100_0081  夏野菜の定番の「キュウリ」「ミニトマト」。支柱を建てる。

 三本のキュウリの苗を植える。網でを施した支柱から枝分かれしていくことを期待する。

昨年は早く枯れてしまったが、今年は多くのキュウリがなればなと思う。失敗しても妻以外に文句を言う者はいないということは気持ちが楽なのだ。

キュウリの隣にはミニトマトを植える。昨年の一本から二本にした。

枝が伸びて五段までいけば、それなりの収穫が見込めてくるのだが…。

100_0037   一番前が「ピーマン」と「シシトウ」を植える。その後ろの畝には「ナス」を植える。

 昨年のナスは7月末頃まで育ちが悪くどうしたものなのかと思っていたが、8月後半になるとすくすく育ち始めて、10月中頃まで収穫できるようになった。やはり我慢したのが良かったのだ。今年も成長を見守っていきたい。

 独特の花を咲かせる「オクラ」。その後ろには「ゴーヤ」。毎年支柱を横に増やしていく。今年もゴーヤジュースをたくさん飲んでいくようになるだろう。

100_0050  妻の希望で「ミニカボチャ」を左側に一本植える。普通のカボチャだと料理が難しとのこと。あとの二本の苗はスーパーで購入しているカボチャの種から妻が苗にしたのを植える。風よけビニールカバーを施す。

 苗は風に弱い。

 サツマイモの苗「紅あずま」を2日間水に浸して植えた。そのせいなのか、苗は枯れることなく根付いたようだ。

 4月10日に植えたサトイモの種イモ。マルチを施せば芽は早く出てくるが、最近は面倒になり、そのまま芽が出てくるのを待つようになっている。

 そろそろ芽がでてきても良い頃だ。

100_0091  4月で14歳になった「銀太」。

 我が家では10歳まで生きた猫はいなかったが、銀太はその記録を破り、長命として成長してきている。

 11年前の12月1日に所沢からここに引っ越してくる車の中で大量に小水した銀太。動物病院に行った時も小水をしてしまう。気の弱い猫なのだ。明け方、私の枕もとで寝ていたが、この頃来なくなった。二階に上がってくるのが億劫になってきたのかな?

100_0089  玄関先の花壇の前に今年も「月見草」の花が咲いている。花言葉は「ほのかな恋」。

 「待宵草」と云われているが、「宵待草」のほうがピンとくる。種もまかずに毎年咲く。庭先にも「月美草」が咲く。庭の草むしりの時に一緒に採ってしまう場合がある。妻が怒る。庭には草が生い茂る。それでも良いという妻。草取りが嫌いなのだろう。

 今年は梅雨入りが早まるとの話。

 梅雨入り前には草取りを終わらせておきたいと思うのだ。

                               《夢野銀次》

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2020年11月…小春日和の中でのイモ掘り

Pb050049 2020年の 11月5日、日差しのまぶしい朝、「イモ掘り、するぞ」と決意を固めスコップを持ち菜園に行く。

 「ポン太」は炬燵のそばの陽だまりで睡眠中。よく寝る猫である。明け方には私の布団の上にもいつも寝ている。半日は寝ているかな。

Pb050030  「フトミ」は8年前に我が家に居候として住み始めた。迷子の猫なのかと思っていたら、前の家の奥さんから「〇〇さんちの猫ですよ」と教えられた。早速飼い主のもとに返しにいった。

 しかし、すぐに我が家に戻ってきてしまう。3~4回それを繰り返したが、結局我が家で飼うことにした。妻は「フトミ」と名付けた。

 妻にはよくなついているが、私のそばには寄らない。家に来た時から帰れと追い返していたため、フトミは私を警戒しているのだ。

Pb050034  サトイモを畝から掘り出す。種イモは昨年同様に以前と少なく、10個を植えた。

7月の長雨の影響で大きく苗が育っていた。

 畝の土を払い、サトイモ株の根元から掘り出す。

 ――できている。この瞬間が菜園づくりの喜びの一瞬なのだ。

 土で覆っているサトイモの根元をドッコイショと言って取り出す。

Pb050036 10個の種イモを植えて、今日は5株のサトイモを収穫する。残りは12月初めと正月前に収穫する。10個では少なかったかな…。

 掘り出したサトイモを一個一個皮と根を切り食べやすいようにしてザルに置く。

よく日向に干さないとすぐにカビが生えてくる。

Pb050039  10月31日の栃木市文化課による「西方城」見学会に参加してきた。昨年、入院したこともあり、険しい山城の「西方城」に登れるかどうか不安であった。そのため3日前から栃木図書館に車を駐車して、栃木市大通りを2時間歩いて鍛錬した。そのかいがあり、無事に西方城を登ることができた。

 登った西方城―観光目的の登城としての山城としては面白くない。頂上の本丸郭など木が多すぎる。また、発掘調査が進められているが、期待するほどの発掘はでてこないのではないか。

 城を背にしての攻防戦がなかった城はそれだけ人がいなかったということなのだが。

 それでも山城を登ったということは自分の体に少しだけ自信がついてきたような気がする。

Pb050041   サトイモに引き続きサツマイモ堀りを始める。

 5月の連休後半の時に「紅あずま」の苗、20本を2つの畝に植える。「草木灰」と「牛ふん堆肥」を混ぜての畝づくりであった。

 掘り出したサツマイモ、大きく太く育っていた。本当は細く長いサツマイモの方が食べやすくていいのだが…。

Pb050042  サツマイモもサトイモ同様に苗を減らして植えている。一つの畝に10本づつ植えていっている。

 今日は2本の畝のうち、一本の畝のサツマイモを収穫する。見た目はまずまずのサツマイモ、味はこれからの楽しみだ。

Pb050046  やはり量が少ないと思えてくる。

昨年は、もうサツマイモは「もういいや」と思うくらい、毎日食べて行ったと記憶している。

今年は、ざる二杯。思ったほどの収穫量になっていないと感じる。

 来年はもう少し多く植えていくことを考えていこう。

Pb050050  「北海道の土地が中国人に買われているのよ。このままだと日本は中国に乗っ取られていくかもしれないの」と妻は心配している。

 ネットでの情報の影響かもしれないが、11月4日の衆議院委員会で日本維新の会の議員が質問していたのを車のラジオで聴いた。

 維新の会ではかねてより「日本の安全保障上問題となる外国人や外国資本による土地買収を規制する法案」を提出していると述べていた。

 Pb050028 日本の森林や土地など中国資本が買収しているとうことだが、日本にはそれを規制する法律はないという。

 もし、中国資本の土地の爆買いが進められていったならば、有事の際を含めて安閑していられない状態になる。

 最近の中国の拡張主義は世界大戦にいかなくての地域の戦争が頻発していく恐れがでている。

 中国をとりまく情勢は真摯に向き合っていく必要があると思えてきた。

                       《夢野銀次》

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今年の次郎柿、実が少なかった…

Pa180019     9月まで熱い夏が続き、10月に入ると急に冬が来たような季節感を受ける。10月下旬まで直撃通過して行った台風はなかった。それでも雨の多い10月だった。

   わが家の次郎柿。今年は実が少ない。どうしてかな?柿の木が3本ある前の家の奥さんに訊く。「雨が多かったかしら。家の柿も少ない。一年交替で実が多くなんるのかしら」とあまり分からないということだ。

Pa180020  柿の実を数えてみる。

 …25個はなっている。去年は千葉の姉に送ったが今年は妻と二人して食べていこう。

 柿の葉が落ち、柿木にポン太が上るが、上まで登れない。体重7キロが重いのかな。

Pa180022  5月にホームセンターで購入した『ナス』の苗。7月ころはあまり実がならなかった。

 しかし、8月後半から実がなり出した。肥料に根が付いたのかもしれない。おかけで9月から10月後半の今日まで毎日ナスを食べている。

 ピーマン、シシトウも実をつけている。これも長雨のせいなのかな?

Pa190044 10年前に所沢から現在の栃木市大平町に越してきたが、一緒に二匹の猫、「夢野」と「銀太」も共に来た。『夢野』は5年前に逝ってしまったが、『銀太』は13歳の今日まで長生きいている。臆病な性格だが、それだけ冒険をせず、慎重な生活が長生きの秘訣だったのかもしれない。

 明け方、私の寝床の枕元に座り、私の手を噛む。『起きろ』と催促する。餌を欲しがるのだ。ここに越してくる時、怖さで車の中で小水をたらしたことが思い出される。

Pa180040  口内炎で動物病院にしばらく通った『ポン太』。なかなか良くならない。ネットで調べて先生に「レーザー光線での治療はどうですか」と言うと「そうですね、やってみましょう」と3分間のレーザー光線治療を始めた。

 …治った。「最初からレーザー光線で治療してくれればよかったのに」と妻は不平を漏らす。

Pa190043  国政調査には飼い猫の記入欄がなかった。

 『ポン太』は野良猫の母親に連れられ、我が家の餌を食べに来てから早いもので7年がたった。

 体重も口内炎で減っていたのが、この頃食欲が旺盛になり、7キロに近かずいていることが分かる。

 我が家の菜園でトイレをする時、穴を深く掘り下げる。もっとうまく処理できないもものかと、小言を言っても気にせずに軒下の発泡スチロールの中でよく寝ている。

Pa180026 まもなく11月を迎える。「さつまいも」と「サトイモ」の収穫を始める。

 収穫が終われば、本格的な冬を迎える。

 コロナ禍の下ではあまり出歩くことができないが。こういう時こそ、わが町栃木市を歩いていくことにする。

 「うずま川」「栃木のまちの市」など「銀次のブログ」を描いていくつもりだ。

                《夢野銀次》

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春のおとずれ…杏・レンギョウ・ユキヤナギ

P3220018 〽春のなぎさを あなたとゆくの

 砂に足跡 のこしながら

 はじめて私の 家にゆくのよ

 恋人がいつか 出来たら家へ

 つれておいでと 言っていた父

 夢に見てたの 愛する人と

 いつかこの道 通るその日を

 

111 〽お茶をはこんだ 障子の外に

 父とあなたの 笑う声が

 聞こえてきたのよ とても明るく

 幸せなくせに なぜ泣けてくるの

 母のほほえみ 胸にしみたわ

 帰るあなたの 見送る道は

 おぼろ月夜の 春の宵なの

 「春のおとずれ」(唄:小柳ルミ子、作詞:山上路夫、作曲:森田公一)は小柳ルミ子デビュー3年目21歳の時、7枚目のシングルとして昭和48年2月に発売された曲。

 デビュー当時の小柳ルミ子の曲だが、何故かこの「春のおとずれ」は印象に残っていなかった。最近、スマホをいじっていて偶然に聴いた。ほのぼのとした春の情景が目浮かんできて、快い気持ちにさせてくれる歌になっている。

 ……春のおとずれを感じさせてくれる歌だ。

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 杏の花が今年も咲いた。薄いピンク色した杏の花にはつつましさを感じる。桜の花のようにきらびやかに咲き誇ることなしに、ひっそりと咲いている。

 30数年前に入院した義父の見舞いに行ったことが思い出された。脳梗塞で話すことができなくなった義父はベットから体を起こし、両手で私の手を握りしめた。「娘を頼んだぞ」と義父の眼が語っていた。義母が傍らで穏やかな顔で見つめていたのが記憶に残っている。

 夫婦ケンカした時に何故かその時の光景が思い浮かび、妻と40数年間暮らしてくることができた。父親の愛情を感じる。

 …庭先に咲く杏の花を見ながら春のおとずれをしばし楽しむ。

 P3220010 早春の陽光をあびて黄色く咲いているレンギョウの花。

 薬用として平安時代初期に渡来したといわれているが、定かではない。

漢方医学では「連翹」と呼ばれ、解熱剤、消炎剤など鎮痛薬に用いらているとのこと。

 4月2日は詩人村光太郎の命日で、この日を連翹忌と呼んでいる。高村光太郎が生前好んだ花がレンギョウであり、告別式で棺の上にレンギョウの一枝が置かれていたことに由来するといわれている。

P3230020  レンギョウの半つる性の枝は歪曲して伸び、下に垂れる。地面に接触した枝から根が出て、新しい株が生まれてくる。

 3年前にその新しく芽生えた株を西側に植えた。小さいながら黄色い花が咲いている。まだまだ小ぶりのレンギョウだが来年はもっと大きく育っていることと思える。

P3220013  小さい白い花を一杯に咲かせるユキヤナギ(雪柳)。南側にあるユキヤナギに白い花が咲き誇る。

 中国原産という説もあるが、日本原産である考えられている。

 1.5mほど伸びて白い花を咲かせるユキヤナギには怖いほど迫力を感じてくる。地面の際から枝がいく本にも枝垂れて、細く、ぎざぎざの葉をつけて育っていく。

 花は、雪白の小さなものを枝全体につける。そのさまからユキヤナギという名がついたといわれている。柳のようにしなやかに風にゆれている姿は貫禄さえ感じてくる。

P3220001 東側の端に花壇を作った。

 今まではほっといていた処。雑草に混じってドクダミやヨモギなどが咲き乱れ、草取りが大変だったので整頓をかねての花壇作りでもあった。

 腐葉土と黒土を混ぜ石レンガで囲っただけの完成した花壇。白い百合の花と曼殊沙華を植えていこう。

 わが家の猫どもが匂いを嗅ぎ、ポン太は早速トイレとして使用している。

P3240027  去年の春、電動耕運機を3万幾らでネット購入した。昨年ジャガイモを作った菜園に堆肥と消石灰を散布して、電動耕運機で耕す。

 ――早い。15坪の菜園を1時間30分で耕してしまった。クワ等で耕していたならば一日半はかかる行程だ。

 電動なので、我が家からコードをつないでの操作になっている。そのコードをうまく処理することが少々面倒だが、それでも早く、体が楽である。もっと早く購入しておけばよかったなと思えてきた。

P3220019-1  これから里芋の畝を作り、4月中ごろに里芋の種芋を植える予定。

 新型コロナウイルスの影響で図書館が閉館になっているのが痛い。調べたいことが多々あるが、今しばらくの辛抱だ。

 東京オリンピックも1年延期が決定してきている。小池東京都知事は東京でロックダウン(都市封鎖)など強力な措置を取らざる得ない状況が出てくる可能性があると言明している。本当に感染が終息することができるのか?

それでも季節は巡り、春のおとずれを我が家の菜園で感じていく日々なのだ。

          《夢野銀次》

 

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秋の収穫―イモほりと「解体新書」扉絵の謎

 秋―次郎柿・里芋・さつま芋

Pb050138  「おしえて欲しいの、どうして柿がこんなに実った訳を?」

 ホームセンターで購入した柿の苗木。植えて8年目、去年より5倍も実っている。

 《桃栗3年、柿8年》なのか?

 ここ数日妻と毎日4~5個食べても一向に減らない。柿を植えていない御近所3件に『食べてください』ともっていっても…。「減らないわね、柿」と妻のつぶやきが聞こえてくる。

 我が家のトイレの水タンクが故障してしまった。用便で水を流す都度、やかんに水を入れ水タンクに水を注いで対応。「停電で断水になったら大変だな」と実感する。幸いに水道設備業者がすぐに便座取り換えの対応をしてくれた。7万円の料金と合わせて事業所に柿10個をお礼の気持ちを込めて差し上げた。

  …それでも実った柿は一向に減らない気がする。干し柿を作る気持ちはわかるが、私には作る気は起きないのだ。次郎柿、今日も食べていく。

Pb050137  5月8日に独協医大病院を退院して、急いで里芋の畝作りをしようとしたが、半年の入院治療は体力の衰えとなっていた。思うように畝作りは進まなかった。それでも買い置きしていた里芋の種イモを5月末には何とか植え終えることができた。毎年4月初めに植えていた種芋。今年は例年の半分、8個の種イモを植えた。

 土壌の土を払う。…出来ている。それも去年より形の整っている里芋が土壌から現れた。数少ない里芋だが、ゆっくり食べていくことにする。

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 里芋同様に退院してからさつまいもの畝づくりを行ない、5月末に『金時』と『紅あずま』の苗、30本を植えることができた。

 肥料はたい肥に草木灰。今年は苗と苗の間を広くして、さつま芋全体のスペースを広くした。

…実っている。しかし、カボチャのような大きな塊のさつまいももある。分岐しなかったのだが、どうしてこういうふうになってしまっているのか?――分からない。

「解体新書」の扉絵は判じ絵

Default1   さつま芋を掘りながら先日、「くろき内科クリニック」(栃木市大平町牛久)の待合所で読んだ二宮隆雄著「新編医学史探訪」の中に記載されている「解体新書の扉絵に秘めた杉田玄白のメッセージ」を思い出した。面白い内容なので受付でコピーをしていただいた。俳優の大杉蓮に風貌が似ている黒木院長も二宮隆雄医師と面識があり高い評価をしていた。

 オランダ語の解剖学書「ターヘル・アナトミア」からの邦訳書である『解体新書』は杉田玄白、前沢良沢らによって田沼時代の安永3年(1774)に出版され、日本の近代解剖学の幕開けとされている。

 木版で彫ったこの「解体新書」の中の扉絵について著者の二宮隆雄氏は、扉絵の上部に描かれた盾の中に、不思議な模様が刻まれていることを指摘している。

650x_100676861_20191106054201 「解体新書」の扉絵のもとは、スペインの解剖学者ワルエルデの解剖書で、1556年のローマ版以来イタリア語、ラテン語、オランダ語版と版を重ねその都度扉絵のデザインが部分的に変更されてきた。「解体新書」と酷似した扉絵があるのは、アントワープ版(1568年)で、「解体新書」と明らかに異なるところは上部の盾の内容であるとしている。

 上部の盾の内容が原書では紋章であるが「解体新書」では二匹の魚と一頭の動物が描かれている。これは杉田玄白らが読者にあてた謎解きの「判じ絵」であるとして、次のように記している。

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  「盾の下部にいる動物は、白虎である。明日香地方の古墳で発見されてものと酷似していて、白虎であることは確かである。上部の二匹の魚は恐らく鯉であろう。魚がくわえている中央のものは鈴か鐘であろう。この判じ絵の謎を解くと『西洋からの手紙のお知らせ(あるいは警鐘)』であろう。なぜなら、白虎は青竜(東)、朱雀(南)、玄武(北)に対する「西」の守護神である。また、二匹の魚は、いわゆる「双魚(双鯉)」で、客が鯉を二匹置いて行ったので煮たところ中から手紙が出てきたという中国の故事に由来し、「手紙」のことである。玄白らは訳書への自負と、西洋解剖学が読者に与える衝撃を念頭において、この判じ絵を描いたのであろう」と判じ絵と指摘している。

 「西洋からの手紙のお知らせ(警鐘)」としている「解体新書」。初めて知った見解であり、なるほどと感心した。

Utamaro061_main1  「判じ絵」は絵に置き換えられた言葉や人名、地名、道具など《絵で見るなぞなぞ》として江戸時代に人気を集めた。両目が真っ黒な人物画を「目黒」、さくらの花びらが真ん中で切られている絵を「皿」と表記している。

 喜多川歌麿は水茶屋の娘や芸者の名を画中に書いてはならぬというお触れに従わず、判じ絵を盛り込まして名前入りの美人画を描いている。寛政七年(1795)の《高名美人六家撰辰巳路考》(左図)である。

 こま絵のなかに、龍、蛇、舵、(船の)櫓、香炉の絵が描いてある。音を繋ぐと「たつ・み・ろ・こう」となる。辰巳とは方角にある遊郭といえば深川。つまりこの絵は、深川芸者(辰巳芸者ともいう)の路考さんという当時売れっ子の芸者の肖像となる(新関公子著「歌麿の生涯」より)。

 田沼意次の時代「明和4年(1770)~天明6年(1786)」では蘭学の奨励、狂歌や黄表紙という新しい文学ジャンルを誕生させるなど芸術、言論など江戸時代の町人文化が発展したといわれている。「解体新書」は洋書輸入を緩和した八代将軍吉宗時代からの継承として田沼時代に生まれた。しかし、以後は「寛政の改革」のもとに蘭学も粛清されていったが、蘭方医の努力で西洋医学は進化していった。

Pb050148 さきの10月12日の台風19号による豪雨災害で栃木市を流れる河川が氾濫し、1万3千戸の住宅が浸水被害を受けた。幸い、我が家まで浸水がなかった。しかし、台風15号による60メートルの暴風での屋根瓦被害や住宅の浸水被害など、これからは毎年予期せね大災害が起こっていくことが予想される。地球温暖化による気候変化によるものだろう。

 そうは言っても、小春日暖かな家庭菜園での耕作作業を今日も勤しむ私と12.5歳になった銀太がいる。残りのさつま芋と里芋を収穫していくことにする。 

                          《夢野銀次》

≪引用書籍≫二宮隆雄著「新編医学史探訪―医学を変えた巨人たち」(2006年3月、医歯薬出版発行)/新関公子著「歌麿の生涯ー写楽を秘めてー」(2019年4月、展望社発行)

《追記》

 南千住にある回向院には「解体新書」のかたどった浮彫青銅板の「観臓記念碑」がある。大正11年6月に回向院本堂裏に建てられ、昭和49年に現在の場所に設置されている。「観臓記念碑」と記され、「解体新書」の扉絵と異なっている。どの書を基にして作成されたのかは分からない。

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サツマイモの収穫―栃木市合唱祭を聴く

053  曇りの日が続く10月。

10月20日は朝から快晴。

「よし、今日はサツマイモを獲る」と決める。

 庭先には次郎柿の実が成っている。ここ3日間は毎日次郎柿を食べている。美味しいのだ。毛虫も発生しなかった。しかし、昨年に比べて実が少なくなっている。枝の剪定に間違いがあったのか?

 近所に栃木県の農業試験所に勤めている詳しい人に再度、柿の木の剪定の仕方を聴いていくことにする。

 

037_2 5月に25本の金時苗を植えた。

 肥料は「牛ふん堆肥」と「草木灰」で2列の畝とした。堆肥を底肥料として、草木灰を施して畝作りとして耕した。一番東側の敷地で土は良くない所なので、できるかな?という危惧があった。

 ……出来ている。ホッと胸をなでおろしながら一本づつサツマイモを掘りだしていく。この堀だし作業がおもしろいのだ。24年前、初めてサツマイモ収穫でツルの先からサツマイモが次から次と現れた時、感動した。味は全然美味しくなかったが、「家庭菜園って面白いなあ」と実感したことを思いだす。

049 昨年より見た目の良いサツマイモが獲れている。ザルで5個で約50本の収穫高になる。中には虫に食われているサツマイモもあるが、良しとしよう。

 本来は2~3日間でサツマイモを楽しみながら収穫するが、今年は体調との関係で時間をかける余裕はない。

 今年の9月で70歳という年齢を迎えた。生活の中で自分の体調と向き合う時間の比重が多くなってきている。そのことをしっかりと見つめていきたいと思ってきている。

018 今年のナスは10月20日現在まで実が成り続けている。

 「6月から実が成り続けたのは初めてかな」と思わずつぶやく。菜園の西側に移しての畝づくりが良かっただと思えてくる。

やはり連作は駄目であることを改めて実感した。

042 「なんで苗が大きくならないのか?」と8月から「サトイモ」の畝を見ながらつぶやいてきた。今までこんなことはなかったのに…。

  前の家の家庭菜園を見てみると、サトイモの苗がやはり大きくなっていない。「どうしてでしょうか?」と前の家の奥さんに聞いてみた。「暑かったからなのかしら」という応えが返ってきた。

  熱さ対策として朝と夕方にサトイモに散水をしたのだが、それでも駄目だった。それとも一年置きの同じ敷地で行なっている連作が原因になっての不良なのか? 

サトイモの収穫は11月に入ってから行う予定にする。

002_2 10月8日(月・祝)の午後、栃木市文化会館で開かれた「第34回栃木市合唱祭」に聴きに行ってきた。今年で3回目の鑑賞になる。

  栃木市で活動している17の合唱グループが参加して、2~3曲の合唱を披露する。プログラムにそれぞれ構成員が記されている。その数は410人で、ダブって参加している人を除いたとしても400人が参加しての合唱祭となる。それが34年も継続して開催されていることに驚く。確かに高齢者の女性が多いのが目立つが、楽しく緊張して合唱する姿を見るのは気持ちが良いものだ。

  曲目で多かったのが中島みゆきの曲だ。「時代」「糸」「誕生」「地上の星」「ヘッドライト・テールライト」。やはり優れた音楽家なのかと思えてくる。 

005_2 「曲目選定はそれぞれの合唱団の方にお任せしております。合唱連盟で全体のテーマやモチーフはきめておりません」と窓口の関係者が応えてくれた

  合唱祭最初の曲が「さわやかコーラス」による坂本九最後の曲「心の瞳」。なにより聴きたかった曲で嬉しかった。銀次のブログに記載したテレビドラマ「表参道高校合唱部」で第6話に登場している曲目だったから。さらに「女声コーラスたんぽぽ」による「見上げてごらん夜の星を」も銀次のブログ「名もなく貧しく美しく」で記述した曲目でうれしくなり、身近な合唱曲になった

  今年の曲目全体から、昨年より「柔らかく、優しく」がでており、「かどや突っ張り」がとれた感じを受けた。出演者にも余裕が生まれてきているのかもしれない。合唱するどの曲も優れた曲目であると改めて感じた。

 

                             《夢野銀次》

 

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